第59話

「ナパル!?」


「ヨミさん……。翡翠様……。私は……」


ナパルは雹藍と向い合い、苦しげに顔を歪ませる。その首には、ぼう、と赤い紋様が浮かび上がっていた。


「その首……、トキ兄がやったの!?」


ヨミが頭上のトキに怒鳴ると、彼はヨミを拘束する手に力を加えながら答えた。


「俺じゃない。あれを施したのは初代首長だ。ウル家の初代首長は鵬翔の民を護る為に、治癒の力を持つ精霊のナパルと協力関係を結んだが、その約束が違えられることのないように、呪具を使ってナパルを縛ったのさ。この鳳令輪でな」


言いつつトキは右手首に目を遣った。そこには金に光る腕輪がはめられている。


「だから……ナパルは鳳令輪を持つウル家の首長と共にあった……」


「そうだ。これは精霊を従わせる為の呪具。縛った相手の精霊が鳳令輪を持つ者の命令に反する意思を持つとその首を絞めて、最後には殺す。縛られた精霊は呼龍笛でも操ることは不可能だ」


だから、ナパルはここにいるのか。思えば呼龍笛を使った時、精霊であるにも関わらず彼女だけがこの場に残っていた事を不信に思うべきだった。


「さあ、ナパル。早くやれ」


「私は……」


ナパルは片手で首を掻きながら、絞り出すような声を上げた。


「私は……陛下を殺す為に短剣を取ったのではありません……。鵬翔の皆さんを救うため……トキさんに短剣を握らせない為に取ったのです……」


「何だと? 逆らうつもりか? 抵抗すれば、お前が死ぬんだぞ」


トキはナパルを鋭い眼光で睨みつけるが、彼女は怖じけず言葉を続ける。


「良いのです……。『主が間違った道へ進もうとしているのなら、命を賭してでも止める』……。それが仕える者としての役目だと、気付かせてくれた方がいましたから……。この命を失ったとしても、ヨミさんとトキさんを止めると決めたのです……」


ナパルはそこで強く咳き込むと、近くにいた翡翠に微笑んだ。彼は痛ましげな表情で彼女の視線を受け止める。


トキは咳き込みながらも辛うじて立っているナパルへ、憎々しげな目を向けた。


「ちっ。ナパルめ……」


「トキ兄、終わりだよ。もう諦めて」


ヨミはトキに押さえつけられたまま、彼に告げる。


しかしトキはその言葉に、にやりと唇を歪めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る