第58話

澄んだ、高らかな音が広場に響く。その場にいた者全員が戦いの手を止めヨミの方を振り向いた。


争っている精霊たちが戦いを止め、鵬翔の地へと帰ってほしいと。


精霊たちに思いが届くことを祈りながら、ヨミは笛の音を奏で続ける。


やがて、変化は起こった。


蒼龍国の兵士達に対峙していた精霊たちの瞳から、戦意の炎が消え失せた。そして一体、また一体とその姿が消えていく。混乱する人々の間を、龍の精霊が風に乗って通り過ぎ、その場のすべての武器を空へと巻き上げた。


そのままヨミの目の前までやってきたかと思うと、垂直に天へと昇り、北の方角、鵬翔の地へと去って行く。


その場に残された人間は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


「うまく、いった……」


ヨミは笛から口を離すと、小さく息をついた。そして後ろの雹藍に軽く微笑む。


そんなヨミを、トキは憎々しげな目で睨みつけた。


「ヨミ……! 邪魔をするな……!」


階段の中腹にいたトキは、いまだに呆然としている兵士達を押しのけ、まっすぐにヨミの――その後ろにいる雹藍の元へと走ってくる。


その手に光るものが握られている事に気付いたヨミは、雹藍が持つ短剣を素早く奪った。


がきぃん、と。


二つの刃が交わった。


「どうして意思を変えた!? ヨミ!!」


「この男を殺してあたしたちの復讐を遂げても、復讐の連鎖が続いていくだけだ! それを終わらせない限り、あたしたちみたいな思いをする民はいなくならない! だから復讐なんて駄目なんだよ!」


「笑わせるな! 奪うか奪われるかのこの世で、復讐など消せる訳がない! そんなこと戯れ言にすぎん!」


打ち合う度に、二人の思いがぶつかり合う。鵬翔の地で何度も繰り返してきた兄妹喧嘩とは違う、止められない争いがそこにはあった。


「ヨミ!」


「トキ兄!」


名前を叫び合い、再び眼前で刃が止まる。二人の全体重を受けた刃は、互いの身体を押しのけた。


双方の手から短剣がはじけ飛び、一つは遠く広場に落ちて、もう一つはナパルの目の前に転がって行く。


衝撃でトキとヨミは均衡を崩して倒れ込んだ。


「ナパル、殺せ!!」


トキは即座に身体を起こし、遅れたヨミの身体を押さえつけながらナパルに怒鳴る。


大丈夫。皆を思うナパルなら、兄の言う通りにはしないはず。


きっといつもみたいに、こんなことはやめろと怒ってくれる。


願いと信頼を込めた瞳で、ヨミはナパルの方に視線を向けた。


しかし。


ナパルは震える手で、その短剣を拾い上げたのだ。

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