第57話
「どういうことだ!!」
雷のような怒号が、辺りに沈黙をもたらした。
ヨミは声のした方を振り返ると、鬼のような形相のトキが鋭い瞳でこちらを睨みつけていた。
「トキ兄……」
「ヨミ。お前、ここに来た目的はなんだ!? そいつは俺達の両親の仇。そして鵬翔に攻め入る侵略者だ! お前も必ず復讐すると言っていただろう! そこの男に絆されたのか!?」
「違うよ! あたしは自分の意思でこの選択をしたんだ! トキ兄も聞けばそう思うはず!!」
ヨミは舞台上からトキを説得しようとしたが、彼は一切聞き入れない。
「お前がやらないなら、俺がやる!」
トキは腰に差した長剣を鞘から抜き、雹藍に向かってまっすぐ構える。同時に、他の鵬翔の民数人が剣を抜き、控えていた精霊達が戦闘態勢に入った。
「トキ兄、やめて!」
「全員、戦闘態勢にはいれ! 陛下をお守りするのだ!!」
ヨミの叫び声と共に蒼龍国の将軍の怒号が響く。蒼龍国の兵士達がトキ達に向かって走り出し、広場にいた臣下達は逃げ惑う。そしてすぐに、その場は戦場と化した。
「雹藍様、ヨミ様、早く中へ!」
龍水殿の中にいた翡翠が叫ぶ。雹藍はその声に従ったが、ヨミは足を進めることができなかった。
怒号、悲鳴、そして剣の打ち合う音。耳を塞ぎたくなるような音が広場中に響いていた。
トキを初めとする鵬翔の民は、高原で鍛えた身のこなしで、鋭い剣技を繰り出していく。対する蒼龍国の兵士も、洗練された動きで鵬翔の剣を打ち返していた。
両者の力は互角。しかしそれは、人間同士でだけであればの話だ。
「うぁあ!!」
「ひ、卑怯な!!」
悲鳴を上げ、倒れていく蒼龍国の兵士達。あるものは火炎に飲まれ、あるものは風に切り裂かれる。それらを操るのは、鵬翔の民が従える精霊たちだ。
彼らの操る自然の力の前に、何の対策もしていなかった蒼龍国の兵士達は、為す術もない。
階段を上らせまいと集まる兵士達も、一人、また一人と次第にその数を減らしていった。
そしてトキと鵬翔の民は、じりじりと階段を進んで来る。
このままでは、雹藍はトキに殺される。そうなれば、雹藍が望んだ戦わずして和平を得る未来は、更に遠くなる。復讐の輪廻が、止まる事なく回り続けてしまう事になるのだ。
それは、絶対に避けなければ。
ヨミは必死に頭を巡らせた。どちらかが死に絶えるまでは終わらないこの戦いを、今すぐ止める方法を。
そしてふと、腰帯に差した呼龍笛の事を思い出す。
もし、本当に呼龍笛で精霊たちを操れるならば、彼らを鵬翔の地に返すことができるかもしれない。
そうなれば、蒼龍国と鵬翔の民の戦力は互角。失敗しても状況は何も変わらないだけ。やらないよりやった方が断然いい。
「ヨミ! 早くこっちに!」
雹藍はヨミに向かって叫ぶ。しかしヨミはそれを無視して、腰帯から呼龍笛を抜き、吹き口に唇をあてがった。
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