第55話

3


宮廷の敷地の中心にある龍水殿は、敷地内の中で最も大きな建物である。


重要な儀式や祭祀を行う建物内は、赤を基調とした派手な装飾で彩られていた。いくつ並ぶ扉を開くと、宮廷に仕える臣下たちが並ぶには十分すぎるほどの石畳の広場がある。今日、ヨミはこの場所で雹藍と婚姻を結ぶ事になるのだ。


龍水殿内部で婚約の儀を住ませた後、門から外に出て広場にいる臣下と鵬翔からの客人達の前で皇后の位を賜り祝福を受ける。そういう段取りになっていた。


位の高い臣下が数人、ヨミと雹藍の従者の二人が殿内の儀式に参加している。周囲は衛兵で囲まれているが、その人数がやけに多いのは、この建物の広さ故だろうか。


「ヨミ。こちらへ」


長々とした口上を数十分二人並んで聞いた後、雹藍はヨミに手を差し伸べた。


「ありがとうございます」


ヨミは雹藍の手を取って、床に敷かれた赤い絨毯の上を、彼について歩いていく。扉から差し込む外の光が大きくなるごとに、心臓の鼓動が早くなった。


懐の短剣に手をあてがい、そっと雹藍を横目に見る。黒地に金の龍が刺繍施された豪奢な衣装は、いつも以上に彼の印象と不釣り合いだった。こんな時でなければきっとヨミは吹き出してしまっていたに違いない。


雹藍は、何を考えているのだろう。


彼も昨夜の事を知っていた。ならばこの門から外に出れば何かが起こることは予想できるのに、雹藍の表情は静かな水面のように動かない。


けれど、今は彼の心は関係ないと、ヨミは考えを頭の中から振り払う。


自分は自分が選んだ未来を切り開くだけ。


視線を映し、まっすぐ正面を見る。門の脇に控えて頭を下げているナパルと翡翠の横を通り抜け、二人は外へと足を踏み出した。


一瞬、光に目をくらませた。すぐに視界が戻ったヨミは、外の様子を見て目を見張る。


門から出て、数十段の階段の先。白い石造りの広場には、何百という人間、そして龍や麒麟、豹など、様々な姿をした精霊たちが座って頭を下げていた。服の様子を見るに、正面から右側にいるのが蒼龍国の臣下達、左側にいるのが鵬翔の人間だろう。


「面を上げよ」


隣に立つ雹藍が、その場にいる人々全員に向かって命令する。さほど大きくはなかった筈なのに、その凜とした声は広場中に響いていった。


全員が顔を上げた後、雹藍は皇帝として言葉を発する。


「私はこれより、鵬翔の首長の妹であるヨミ・ウルを、正式に皇后として迎える事とする」


雹藍の宣言に、蒼龍国側も鵬翔側も、誰も口を開かなかった。


それも当然。自分達の長が争いあってきた相手の長と婚姻を結ぶのだ。手放しで祝福できる者などこの場にいる筈がない。


ヨミはちらりと広場の左側に目を向ける。最前列にはトキがいた。それ以外にも、並んでいるのは見知った顔ばかりだ。後ろの方にはジウォンの姿も見える。


雹藍が、小声でヨミに声をかけた。


「次は君の番だ」


「……そうでしたね」


雹藍の言葉に対し、謹んで受けるとヨミが宣言する。そこで、この式典は終了だ。

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