第54話

「翡翠さん」


ヨミの部屋を後にしたナパルは、麒麟殿から出てきた翡翠に声をかけた。


手に服や髪飾りを乗せているのを見ると、どうやら彼も主人の着付けをしていたらしい。


逆方向へ歩いて行こうとしていた翡翠は、ナパルの姿を認めると、踵を返して歩み寄ってきた。


「ナパルさん、お久しぶりですね。その……身体は、大丈夫ですか」


「……ああ、大丈夫ですよ。あれは一時的なものなので……」


ナパルは小さく微笑んだ後、言葉を続けた。


「ヨミさんの準備が終わったので知らせにきました。……それと、言いたいことがあって」


「昨夜の件ですか」


翡翠は静かにそう言った。その言葉には、動揺一つ見当たらない。


「知っていたのですね」


「私の方でも、少し探らせて貰いました。昨日の件は、雹藍様にもお伝えしています。……それに関して、ヨミ様の答えが出たのですか?」


「ええ、ヨミさんは短剣を持っています。私に言えるのは……これだけです」


俯きながら首を掻くナパル。その姿を翡翠は迷うような表情で見つめた。


「意思を遂げる、と。そういうことですか」


「おそらくは……」


「そうですか。しかし、何故あなたがそれを私教えてくださるのです?」


「それは……」


ナパルは首に手をあてがい、僅かに顔を歪めながら言葉を続ける。


「私、決めたのです。翡翠さんのお陰で、自分のやりたい事をやり遂げる覚悟ができたので。だから……」


「……」


何もいわない翡翠に、ナパルはにこりと微笑んだ。


「万が一の時は、ヨミさんをよろしくお願いしますね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る