第53話
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部屋に戻ると、ヨミが紫玉園に向かう前にはなかったものがたくさんそこに置かれていた。
大きな衣装掛けに掛かった上衣に裳、羽織。どれも真朱の生地を基調とし、金や緑で草花を模した刺繍が入っていた。そしてどこからか運ばれてきたであろう台座には、金の帯と薄桃の帯留め、そして花をあしらった髪飾りが置かれている。
眩しくて目を閉じてしまいそうになる程の煌びやかな衣装の数々。普段ででさえ豪華な衣装なのに、目の前のものはそれ以上だ。
「これ……あたしが着るの?」
「当たり前じゃないですか。その為にさっき部屋に運び込まれたのですよ。蒼龍国ではおめでたいことがある時はこんな服を着るのだと聞きました」
「おめでたいこと、ねぇ……」
微笑むナパルからヨミは僅かに目をそらし、そのまま両手を開いた。それを合図にナパルはヨミの服を脱がし始める。
「……ナパル、こんなすごい服、着付けできるの?」
「見た目は派手ですが、構造はいつもと同じですよ。だから大丈夫です。もうここに運ばれる荷物もないですし、しばらく誰も来ません」
「そっか……」
一枚、二枚と服を着て、前で襟を交差させ、下半身に裳を巻き付ける。そして裾の長い羽織を着せた後、ナパルは壁際の鏡台の前にヨミを促した。
「ねぇ、ナパル。あたし、どうしたら良いかな」
ヨミは髪を結い上げられながら、鏡を見つめてナパルに問う。鏡に映ったナパルは一瞬手を止めたが、すぐに小さく微笑んだ。
「自分のしたいようにすればいいですよ。ヨミさんにはそれができるのですから」
「ナパル……」
ヨミはそっと目を閉じる。
鵬翔の地でも蒼龍国に来てからも、彼女はずっと側にいてくれた。
不意に落とす影がヨミの行動を是とは思っていないことを示していたが、それでも自分を尊重してくれようとする彼女に、ヨミは心の中で感謝を送る。
そして、告げた。
「……ナパル、あたし、決めたよ」
目を開き、まっすぐに前を見つめる。鏡に映る自分の顔には、もう迷いの色は存在しなかった。
「ナパル。寝台の枕の下にあたしの短剣と笛がある。それを取ってくれない?」
「……はい」
髪を止め終わった彼女は寝台に向かい、ヨミの言葉通りに短剣と呼龍笛を取り出し持ってくる。
ヨミはそれらを受け取ると、笛はお守りとして腰帯に差し、そして短剣は目的のために懐に入れた。
「ありがとう、ナパル。どうなるかわかんないけど、迷惑かけたらごめん」
「いえ……」
ナパルは静かに俯いた。しばしの後、彼女は顔を上げて笑顔を見せた。
「私、準備が終わったと知らせてきますね」
「うん。分かった」
ヨミが頷くと、ナパルは足早に部屋を出て行った。
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