第52話
「雹藍……」
「久しぶり、だな」
いつからいたのか、雹藍は少し離れた場所に佇んで、静かにヨミを見つめていた。
着ているのは白に近い青の生地に、翡翠色の襟の衣。腰も襟と同じ色の帯で止めている。頭の飾りがついていない所を見ると、どうやら彼もまだ準備をする前らしい。
「こんなところでどうされたのですか? 式典の準備もあるのでしょう?」
「部屋から、君の姿が見えたから」
雹藍は相変わらずの無表情で静かに答えた。数日会わなかった間に、彼の表情の変化が再び分からなくなってしまったように感じる。
「……話し方、戻さなくてもよいというのに。あちらの方が君らしい」
「あの時が最後だからという約束でしたから。……結局、最後にはなりませんでしたが」
目を伏せ自嘲するヨミに、雹藍は一拍おいて口を開いた。
「君は、どうするつもりなのだ」
「どうするつもり、とはどういうことでしょうか」
「式典で、僕を殺せと言われたのだろう。……翡翠が調べていたらしい。その……、すまない」
雹藍はそう言って肩を下げる。しかしヨミは驚かなかった。むしろ今まで、監視されていなかった方がおかしかったのだ。
「……雹藍は、私の瞳が好きと言っていましたね。復讐に燃える暗い瞳が」
「あ、ああ」
突飛な質問に雹藍の声が揺れたが、構わずヨミは言葉を続けた。
「もしも私があなたを殺さない選択をすれば、あなたが好きになった私はいなくなることになりますよ」
「それは……」
明らかな混乱と戸惑いを滲ませる雹藍。何度も口を開閉し、その度に耳が赤く染まっていく。そして更に数秒後、ようやく雹藍は己の思いを口にした。
「それでも勿論……、君を好きでいるに決まっている……。それほど強い信念を持つ君が、隣にいてくれれば……きっと心強い……」
「そうですか」
「それに……初めはそうだったが、今はもうそれだけではないのだ……。共に過ごした時間……君の笑顔が、僕を幸せにしてくれた……。だから、これから先も……僕の側に、いて、欲しいと……」
消え入るような声で、雹藍は告げる。白い肌を真っ赤に上気させて俯く彼を、ヨミはじっと見つめた。
別の文化、別の考えを持つ者同士が和平を築くには、侵略し、争いの後、一方が他方を屈服させるしかない。
蒼龍国に来てから学んだ歴史からも、一つの国が他国を軍事力で制圧してこの国ができたと学んでいたし、鵬翔が広い土地を得る事ができたのも、他の民族をすべて力で取り込んだからだと物語で聞いている。
それを思えば、争わずして鵬翔の民と蒼龍国の和平を築くという雹藍の考えは幻想に過ぎないのだろう。
けれど、もしそんな事ができるなら。
ヨミが口を開こうとした、その時だった。
「陛下、こんな所にいたのですか! 早く来てください!!」
見ると渡り廊下から、臣下の一人が大声を上げて雹藍の事を呼んでいた。
「雹藍、呼ばれているみたいですね……」
「あ、ああ……。では、また後ほど……」
雹藍はくるりと踵を返し、急いで臣下の元に向かう。
ヨミはその背中が見えなくなるまで、じっと彼を見つめていた。
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