第50話
「復讐の輪廻、か」
追いかけてきた翡翠は、出て行こうとしたところを雹藍に視線で止められて、廟の外から二人の様子を窺っていた。
ヨミが自分を殺すかどうか。それを見極めたい。
彼女が蒼龍国に来た初日、ヨミの寝台から短剣を見つけた夜に、雹藍は翡翠にそう言った。
勿論、翡翠は反対した。
いくら主の意思だろうとも、雹藍はこの国の頂点に立ち皆を導く者。先導者を失った国は混乱に陥り、破滅の道へと向かってしまう。
けれど、雹藍は言った。もし彼女が自分を殺すことを選択したなら、自分の理想は叶えられないだろうから、と。ならば自分が皇帝を続ける意味はない、と。
彼の強い意志を受け、翡翠は雹藍に同意してしまったのだ。代わりに自分の手が届く限りは決して雹藍に手を出させないようにと常に長剣を携え、何かあった時にはすぐに対処できるように振る舞ってきた。
初めは翡翠も、主の考えは理想論に過ぎないと思っていた。自分の胸に燃える憎しみの炎が消える日が来るとは、到底思えなかったから。
しかしここ数日間、精霊のナパルと会話している時に、精霊に対して抱いていたはずの憎しみが少なからず薄れていた。それを思えば、雹藍の理想も不可能ではないのかもしれないと思えてくる。
「そういえば、ナパルさんは……」
置いてきたナパルの事がふと頭に浮かんだ。ヨミの事を止めたいと言った途端、首を押さえて倒れ込んだ彼女の事が。
トキはこれくらいで自分を殺さない。そう彼女は言っていた。
嫌な、予感がする。
首に浮かび上がったあの赤い文様は、まるで彼女の意思を制御しようとしているようだった。その予感が確かなら彼女の思いをねじ曲げ、操ろうとする者が他にいるということになる。
その者がいる限り、例えこの先最終的にヨミが雹藍を殺さない道を選んだとしても、雹藍の命が消えてしまうことになるかもしれない。
その時は、雹藍も、ヨミも、そしてナパルも望まない、最悪の結末になるだろう。
「本当は、ヨミ様を止めたい、ですか……」
別れ際に見たナパルの表情。望まない道を行くことを定められているのであれば、きっと彼女も苦しんできたのだろう。おそらくは、この国に来てからずっと。
「今までのあなたの言葉、全部本心だったんですね……」
月光の下、ナパルの心の内を思いながら、翡翠は一人呟いた。
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