第49話
「だ、だからいろんな規則をねじ曲げてでもあたしを皇后にしようとしたの? ただ瞳が気に入ったって理由だけで、まともに話した事もないのに?」
「そうだ。……知っていたのか」
「馬鹿じゃないの? 近くに置けば、あたしに殺されるって考えなかったわけ!?」
混乱で半分叫ぶように声を上げる。
雹藍はそんなヨミに、真剣な瞳を向けた。
「考えた。僕が殺される事も、その後で何が起こるかも。けれど、これは賭けだったのだ」
雹藍が、一歩ヨミに近づいた。はっとヨミは我に返ると、短剣の刃先をまっすぐ彼へと向ける。
しかし彼は歩みを止めず、短剣の切っ先が自分の胸に当たるところまで近寄ってきた。
雹藍は静かにヨミを見ていた。その黒く静かな瞳に得体の知れない恐怖を感じ、ヨミは手を震わせる。
「ヨミ」
名前を呼ばれ、ヨミの身体がびくりとはねた。
「君が僕を殺したいのであれば、それでも僕は構わない。君にはその権利があるし、未来に向かう道は一つではないからな。君がそうしたいと願うなら、それも一つの選択なのだろう。ただ、僕の考えだけは最後に聞いておいて欲しかったのだ」
「あたしは……」
ヨミは雹藍から目を逸らして呟く。
頭の中に巡るのは、自分の恨みの記憶と雹藍の言葉。そしてここ数日の、彼と過ごした日々の事。
不意に、目頭が熱くなる。それから堰を切ったかのように、涙と共に感情が一気にあふれ出した。
「あたしは……!!」
目の前の男を、殺す為に生きてきた。この命と引き換えにしてでも、必ず殺さなければならないと思っていた。
けれどヨミは知ってしまった。鵬翔が殺した雹藍の兄が、戦のきっかけに繋がった事を。
ここでヨミが雹藍を殺せば、間違いなく自分の復讐を遂げることはできるだろう。けれどその先はどうなるか。これまでの話から、未来は十分に予想ができた。
ヨミの手から、短剣が離れていく。それは床の上に落ち、からん、と軽い音をたてた。
「殺したい、殺したいんだ。それなのに……」
ヨミは床にとさりと崩れ落ちる。「殺したい」と何度も何度も繰り返しながら、涙を流した。
「ヨミ……」
雹藍はヨミの前に膝をつき、その震える肩を両腕でそっと包み込む。
押し当てられた彼の胸に、自分と同じ悲しくも温かい鼓動が響いているのを、意識の端でヨミは感じた。
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