第48話

「僕はあの戦いで、多くのものを見た。蒼龍国の兵士の、そして鵬翔の民の、ひどく大きな憎しみを。その声が聞こえない振りをして、僕は無心で命令通りに敵を一掃していった。ようやく兄を殺した首長たちを捕らえさせ、部下に命令し首を落とした。そしてすべてが終わり、彼らの首を箱に収めた後、視線を感じて横を見ると、まだ幼い子供がいた」


それは、ヨミもよく知っている。あの凄惨な光景も、冷たい瞳も、一度も忘れた事はない。


ぎゅっと、短剣を持つ手に力が加わり、切っ先が僅かに上を向く。しかし雹藍はそれに動じず、淡々とした声で話し続ける。


「その子供の瞳には、恨みと憎しみの炎が湛えられていた。自分に向けられた感情を見て、兄が死んだと聞いた時の父の姿を思い出した。その時、僕は気づいたのだ。この戦いはもう、土地の奪い合いではないことに」


「洛陽を巡る戦いじゃないと言いたいの?」


「ああ。今の戦いは、復讐の輪廻に囚われている。憎しみを込めて相手を害し、傷つけられた者がその恨みを込めて相手に返す。だからこれまでと同じ事を繰り返しても、この輪廻は断ち切れず、鵬翔と蒼龍国の戦いは永遠に終わりはしないと僕は悟った。これ以上苦しむ人を出さないためには、争わずして両者の関係を和平に導かねばならないと」


「……」


「休戦ののち、僕はそれを成し遂げる為、一層勉学に励んだ。風の噂で鵬翔の前首長の子が首長の座を継いだと聞き、それから数年たった去年。父が崩御し、僕が皇帝の座を継いだ。そして即位式典の最中に君を見つけた時、すぐにあの時の子供だとわかった」


「気付いてたの」


低い声でヨミが問うと、雹藍は何故か微笑んだ。


「ああ。瞳の色も、向けられた激情も、全く同じだったからな。この少女は必ず僕を殺しにくる。十年前の戦いで感じた予感があの時確信にかわった。けれど同時に……、何故かは分からないが、君が欲しいと思ってしまったのだ」


「はぁ?」


突然の展開に、ヨミは思わず頓狂な声を上げる。驚きのあまり短剣を取り落としそうになった。


「何の冗談?」


「冗談ではない。成長した君を、その恐ろしくも美しく、そして気高い瞳の色を見た瞬間、身体に衝撃が走った。運命とはこういうものかと、僕があの時君を見たのは必然であったのだと感じたのだ。そして身に危険が及ぶと分かっていても、僕は君を手に入れたいと思ってしまった。その時に、思い浮かんだのだ。その……婚約により和平をもたらす手段を」


目をそらし、耳の端を僅かに染める雹藍に、つられてヨミの顔も熱くなる。


何かとてつもなくすごい事を言われている気がしたが、混乱で頭がうまく回らない。

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