第47話

3


月明かりだけの、暗い夜の中。ヨミと雹藍は渡り廊下を進んで行く。


紫玉園の西の端に佇む金の屋根と赤い柱の絢爛な廟は、あまり大きくはないものの暗闇の中でも堂々とした存在を保っていた。まだ作られてからそれほど年月は経っていないのだろう。まだ塗装が落ちていない真新しい扉の錠前に、雹藍は小さな鍵を差し込んだ。軽快な音がして鍵が開かれ、重い扉が軋みながら開かれる。


「入るといい」


ヨミは雹藍に促されて慎重に中へと足を踏み込む。彼は中心の燭台へ歩いて行くと、蝋燭に明かりを灯した。


途端に、廟の中がぼうと明るく照らされる。廟の中には燭台を中心として左右に二つ大きな像が置かれていた。黄金を貼り付けられたそれらの像は、同じく金色の花に囲まれながら、静かにヨミたちを見つめている。


「これは……」


ヨミが呟くと、背を向けていた雹藍が静かにこちらを振り向いた。


「もう一度、君の名前をここで聞かせてくれ」


「ヨミ・ウル。鵬翔の民の首長、トキの妹。そして……お前が殺した前首長の娘だ」


ヨミが告げると、雹藍は満足そうに口角を上げる。そして再びヨミに背を向け、二つの像を仰ぎ見た。


「これは、父と兄だ」


「……お前、兄がいたのか」


「ああ。十年前、君たちとの戦いが起こる前に死んだ。名は、麗藍。聞いた事はないか?」


「蒼龍国に来た時に、噂で」


そう答えたものの、何かが引っかかっていた。「麗藍」という名を、ヨミは蒼龍国に来る前から知っている気がする。


黙り込むヨミ。すると雹藍が再び静かに口を開く。


「兄は、北部統治調整官という肩書きの、将軍だった。君たち鵬翔との戦いに備えて作られた軍だ。あるとき、兄は一月ほど北部の国境地帯にとどまり、周囲を監視する任務を受けた。そして指令通り北部に向かい……」


雹藍はそこで言葉を切り、左側の像を見て目を細めた。


「そのまま、戻ってこなかった」


「……」


「巡回中、誤って鵬翔の土地を踏み、民と戦闘になったらしい。そしてほとんどの兵士が殺されて、兄は捕らわれ首長の所に連れて行かれた。なんとか逃げ延びた兵士から、僕たちはそう聞いている」


その言葉に、過去の記憶が蘇る。


まだヨミが幼い頃、ある侵入者が父の元に連れて来られた事があった。侵入者は年に数人いるが、そのほとんどは数日の後に放たれる。しかしその日に捉えられた侵入者は、名前を言うなりすぐに首を切られて殺された。


確か、その侵入者の名が「麗藍」だった。


雹藍はさらに言葉を続ける。


「兄が帰ってこなかった故、父は激怒した。皇位継承者だということもあったが、それ以上に、父は兄の事を気に入っていたからな。僕は兄の後任となり、鵬翔に出兵するよう命じられた。そして始まったのが、君もよく知るあの戦いだ」


「……つまり、戦いはあたし達鵬翔の自業自得だって言いたいわけ」


「いや、違う」


雹藍は再びヨミの方に顔を向けた。蝋燭の炎を映してもなお、黒く冷たい彼の瞳は、ただまっすぐにヨミの姿を見つめている。

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