第45話
「……ヨミ」
「動かないでください」
ヨミは雹藍に短剣を突きつけたまま、静かな声で告げた。
「動けば、今すぐその心臓を貫きます。……まぁ、動かなくても少し寿命が延びるだけですが」
ヨミの言葉に、雹藍は黙って短剣とヨミの顔を見比べる。
「それを選んだ、か」
呟く雹藍の表情からは、彼の感情は読み取れない。ヨミがだまって様子を窺っていると、彼は静かにこう言った。
「殺せばいい。君がそうしたいなら」
「命乞いは、しないのですね」
「したところで無駄だろう。君は本気だ。……ただ、そうだな」
「……?」
「死ぬ前に二つ、頼みがあるのだ。それくらいは、構わないだろう?」
「……なんです?」
雹藍は短剣を突きつけたまま眉をひそめるヨミに言った。
「一つ。死ぬ前に紫玉園にある廟へ行きたい。そして二つ目は、君のその話し方をやめて欲しい」
「私の話し方、とは?」
「君本来の話し方に戻して欲しい、という意味だ。最後くらい、構わないだろう」
静かな夜空のような瞳が、じっとこちらを見つめている。雹藍は今の状況を拒まずに、すべて受け入れているようだった。
部屋の外に出れば、翡翠に助けを呼びに行かれ、復讐を果たせず捕まってしまう可能性もある。
しかし何故か目の前の雹藍が、それらを許すとは思えなかった。
「……わかった。二つとも、受け入れてあげる」
「ありがとう」
雹藍は満足したように微笑んだ。
「なら、立って。早く廟へ」
「ああ。向かおう」
雹藍は椅子から立ち上がる。そして静かに二人で部屋の外へ出た。
「ああ、終わったのですね。……って、は!?」
部屋を出てきた主がヨミに短剣を突きつけられているのを見た翡翠は、目を皿のようにして大声を上げた。
「貴様……! やはりそういうつもりで……!!」
腰の長剣に手を伸ばす翡翠の身体を、ナパルが後ろから羽交い締めにする。
「離せ!!」
翡翠はナパルに向かって吠え、自由を得ようともがいたが、ナパルの力は強く、振りほどくことは叶わない。彼にできたのは、次第に離れて行く彼の背中を見つめることだけだった。
「雹藍様!」
翡翠が名を叫んだその時、雹藍が翡翠の方を振り向き目配せをした。その心配するなと言うような瞳に、翡翠は暴れるのをやめてその場にずるりと座り込む。
しばし俯いて床を見つめたのち、ナパルに右手を拘束されたままあざ笑うように呟いた。
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