第44話

「ん? どうした?」


雹藍が首を傾げてこちらを見ている。何か妙な表情でも浮かべていたのかもしれないと思いつつ、ヨミはごまかすように微笑んだ。


「いえ、なんでもありませんよ」


「そうか。なら良いが。……それで、持ってきたものというのがこれだ」


雹藍が翡翠に目配せすると、彼はヨミと雹藍の前に白い液体の入った杯を置く。蒼龍国にはない、独特で懐かしい臭みがヨミの鼻をつく。


「これ……、もしかして……」


「馬乳酒。手に入ったのでな。持ってきた」


あの店で話した事を覚えていてくれたのか。


胸に再び温かいものがこみ上げてくるのを感じて、ヨミは慌ててそれに蓋をする。そしてあくまで平静を保ちながら、「ありがとうございます」と彼に告げた。


「準備は、終わりましたので私達は失礼します」


翡翠、それにナパルが、軽く頭を下げて、二人で部屋を退出する。ヨミがナパルに目配せすると、彼女は小さく頷いた。


「ヨミ。飲んでくれるか?」


「もちろん。雹藍が私の為に用意してくれたものですから」


ヨミは杯を手にすると、白い液体に口をつけた。酸味が舌の上を滑り、喉の奥へと落ちていく。鵬翔で飲んでいたものよりも発酵が浅かったが、それでも故郷を思い出す懐かしい味だ。


「ん……。おいしいです」


「それはよかった。蒼龍国で作られたものと聞いていたから、満足してもらえなかったらどうしようかと思っていたのだ」


そう言って雹藍は自分の杯をくるくる回したのち、おもむろに馬乳酒に口をつける。しかしほとんど杯を傾ける事なく再び机の上に置いた。


「……雹藍、もしかして馬乳酒はあまり得意ではないのですか?」


「……」


雹藍は返事の代わりに目を横に泳がせた。つまり、そういうことなのだろう。


「なら、自分の分まで用意されなくてもよかったのに」


「しかし、君が好きなものを、共に味わいたかったのだ……。君と一緒に口にすれば、飲めるかもしれないと思ったから……」


語尾を小さくさせながら、雹藍は杯を掴んだまま肩を下げて俯いている。これが相当落ち込んでいる時の反応だという事を、ヨミはここ数日で学んでいた。


彼の姿にゆらゆらと胸の中が揺れ動く。三度目のそれに気付いたヨミは、心の中で自分の頬を叩いた。


これ以上こうしていたら、決心が鈍る。


だからもう、終わらせなければいけない。この時間を、この復讐を。


ヨミは馬乳酒の杯から手を離し、雹藍に気付かれないようにそろりと懐に手を入れる。


「しかし、やはり駄目だったようだ……。ヨミ、よければ僕のも……」


顔を上げた雹藍は、胸に突きつけられた剣の切っ先を見て目を細めた。

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