第四章 実行

第41話

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早朝の紫玉園は、薄い靄が掛かっていた。草木は朝露に濡れ、起き上がる時を静かに待っている。空は薄い雲に覆われて、白い景色をより一層引き立たせた。


紫玉園の端、小さな堂の中に座ってその景色を見るヨミは、一人寒さを感じて肩掛けを引き寄せる。


ヨミが蒼龍国に来てから、半月と七日が経っていた。目的を成し遂げる事ができないまま、式典が七日後に迫っている。けれどヨミは、焦っていると同時に迷っていた。


「あたし……、どうしちゃったんだろ……」


七日前、西城の視察に行った日から、再びいくらか状況が変わった。


まずは見張りの兵のこと。部屋の前の見張りは相変わらずだが、こうして外に出る時は雹藍に頼んで一人で出歩けるようにして貰った。


そして雹藍はほぼ毎日ヨミの元を訪ねるようになっていた。言葉が少ないことは相変わらずだが、それでも自分の考えや感情を伝えようと一生懸命話してくれる。


無表情だと思っていた彼の表情も、日を追うごとに感情が読み取れるようになっていき、今ではどうしてあの男が無感情と思っていたのか分からないと思う程だった。


「それでも、あいつは父さんと母さんの敵に違いない。あたしはあいつを殺す為に生きてきて、あいつを殺す為にここにいるのに」


自由に行動できる範囲が広がり、そして二人きりになる時間も増えた。その気になればいつでも喉元に剣を当てられる。なのに剣をとろうとすると、「本当にそれでいいのか」と、心の中から別の声が聞こえてくるのだ。


「これも、あの男があんなことを言ったせいだ……」


――好いて、いる。


その言葉を思い出し、ヨミは頬が熱くなるのを感じた。


耳まで真っ赤にしながら、震える声でそう告げた雹藍。表情からも態度からも、冗談ではなく本心で言っているのだという事は伝わってきた。


面と向かって男から好きと言われたのは初めてだった。いくらヨミでも、告白をされて意識しない訳がない。


「別に、絆されたりなんかはしてないよ。あいつのことなんて別に好きじゃない、と思うし……。今でもちゃんと敵だって思ってるし、殺そうと思えば殺せるんだ……」


そう。最後の一押しが足りないだけ。その何かさえあれば、自分は前に踏み出せる、はずだ。


ため息をつきながら俯くと、ふと腰帯に差した笛が目に入った。

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