第40話

店から出て、雹藍は大通りを宮廷に向かって無言で歩いて行く。しばらく歩いたところでふと彼は立ち止まり、ヨミの方を振り向く。


「すまない。不快な思いをさせた」


「……」


目を伏せる雹藍を見ながら、ヨミは店での出来事と彼の言った言葉を思い出す。


この皇帝の事が、余計に分からなくなってしまった。


彼は十年前の戦いで鵬翔を襲った将軍。けれど先程の店での発言は、鵬翔の事をかばうような言葉に聞こえた。


確かに言葉の通り、蒼龍国の利益の事もあるのかもしれない。けれど、あの場を収めてくれた理由はそれだけではない気もする。


しかし雹藍の僅かな感情表現から、彼の真の思いを読み取ることはできなかった。


一体彼は、鵬翔の民である自分の事をどう思っているのか。その疑問が胸の中に湧き上がり、思わず口から言葉が溢れ出る。


「雹藍は、私の事をどう思っているのですか」


突然の問いに、雹藍は眉をぴくりと動かし、顔を背ける。


その耳が真っ赤に染まっているのを目にして、ヨミは間違えた、と口を押さえて俯いた。


訂正しようと口を開こうとしたその時、雹藍の口から微かな言葉が聞こえてきた。


「それは……、もちろん……」


「え?」


ヨミは顔をあげ、目の前の雹藍を見た。彼は頬を真っ赤に染めて、口元を片腕で隠している。


自分の顔が熱くなるのを感じた。雹藍に腕を掴まれたままという事実を、妙に意識してしまう。


「もちろん、なんですか……?」


おそるおそる、ヨミは尋ねた。周りに人が大勢いるのに、目の前の青年しか目に入らない。


「もちろん……」


雹藍が口を開く。静かな声は、微かに震えていた。


「君を……好いて、いる」


ぽん、と。


何かが弾けると同時に、心の中に小さく温かいものが生まれるのをヨミは感じた。

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