第39話
「まったくよ! 噂は本当だったってことか!」
「ああ。式典の話を聞く限りはな。ちっ……皇帝陛下が、あろう事か鵬翔の女を后にするなんて」
見るとヨミ達の三つ後ろの席に、柄の悪そうな男が二人座っている。一人は痩せぎす、もう一人は太った片腕の男だ。彼らは酒を飲み、羊の串焼きをかじりながら、雹藍とヨミの事をあることないこと言っている。
一瞬、自分たちがここにいることがばれたのかとも思ったが、こちらを一切見ない事から、どうやらそういうわけではないらしい。
男達の話の内容と言えば、よく聞く悪口だ。
鵬翔は野蛮だ。鵬翔は醜い。鵬翔は……。
ヨミは、彼らを無視して食事を続ける。
そんな事、宮廷内で何度も言われ続けていた。それが少し大きな声で騒がれている、ただそれだけのこと。
蒼龍国に来た直後は怒りや悲しみを多少感じてはいたものの、今ではもう、すっかり言われ慣れてしまった。彼らは自分に面とむかって言っている訳ではないし、いつものように適当に聞き流していれば済む話だ。
ヨミがそんな事を思っていると、太った男が再び杯で机を叩いた。
「本当に、十年前のあの時は最悪だった! 俺の腕も、あの戦いで鵬翔と奴らの操る精霊にやられていっちまったんだ! あのずる賢い蛮族め! 奴らなど、人間じゃない! 獣だ!」
「ヨミさん……」
「大丈夫。慣れていますから」
獣はお前らだと心の中で悪態をつきながら、ヨミはナパルに微笑み再び肉の串を口に運ぶ。
その時、隣の雹藍が突然席から立ち上がった。
「雹藍? どうしたのですか?」
ヨミの問いに答えることはなく、彼は黙ったまま二人組の席まで歩いて行く。
「あ? なんだ、兄ちゃん」
二人の男は突然現れた雹藍を鋭い視線で睨みつける。その相手がまさかこの国の皇帝だとは思いも寄らずに。
「なんか俺たちに用でもあんのかよ」
太った男に唸るような声で問いかけられても、雹藍は眉一つ動かさない。彼らの机の上を一瞥し、そして静かに口を開いた。
「その肉、うまいか?」
「あ?」
突然の問いかけに、男達は目を瞬かせる。そして自らの取り皿の上に置いた食べかけの肉を見た。
痩身の男が答える。
「ま、まあ、うまいけどよ……。それがなんだってんだ」
「そうか。では、それが何の肉か分かっているか?」
「羊だろ? 品書きにもそう書いてあるじゃねぇか」
「では、その羊の肉が、どこから来たものか知っているか?」
「……」
男達は黙り込む。その答えを、二人は口にすることができなかった。
雹藍はそんな二人を見比べて、そっと目を閉じた。
「我が蒼龍国の作物はうまい。けれど、その作物を育てる為に、我が国の土地の多くが使われている。育てられるといえば、場所を取らない鶏か、農耕の役に立つ牛くらいだ。食用の羊を飼える程の場所はない」
雹藍はそこで言葉を切り、瞼を開いて男達を見た。しかし彼らは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、口を堅く閉じているだけ。
「……確かに、我が国は建国以来、鵬翔の民と何度も争ってきた。しかし休戦後、取引を始めた事によって、既に彼らは我が国に欠かせない存在となっている。恨むなとは言わないが、それを忘れない方がいい」
雹藍はそう言い残し、ヨミたちの席に戻ってくる。そして机の上に金を置き、ヨミの腕を掴んだ。
「出るぞ」
「あ、ちょっと……」
否定する暇もなく、ヨミは雹藍に引っ張られて店を出る。その後を、翡翠とナパルが追いかけた。
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