第38話

3


蒼龍国には、鵬翔にない文化が多くある。


定住。農業。貨幣。


そして飲食店も、その中の一つだ。


都の中をぐるりと一周したヨミたちは、宮廷からほど近い飲食店の片隅にいた。二人がけの長椅子が両端に並んだ机の上には、様々な料理が大皿にのせられて並んでいる。


羊の肉を串に刺して焼いたもの。鶏肉と野菜を一緒に蒸して味付けしたもの。一抱えある大きな魚を香草と一緒に焼いたもの。それから果物の入った皿と、目の前には黒い液体が杯に入っておかれていた。


宮廷で出る料理に比べると随分質素なものだったが、登り立つ湯気と香ばしい香りに食欲がそそられる。


「雹藍様、すべて問題ありません」


毒味を終えた翡翠が囁くと、隣の雹藍は頷き食べ物を口に運び始めた。続いて、翡翠やナパルも食事を始める。


ヨミが綺麗な手つきで食事を進める雹藍を見つめていると、視線に気付いた彼がこちらに向かって首を傾げる。


「食べないのか? ここの店、都にくる度に来ているが、結構うまいぞ」


「あ、いえ、食べます」


まさか食べる姿に見とれていましたなどと言えるはずもなく、ヨミは慌てて目の前の杯を持って一気に飲む。そして盛大にむせた。


「な、なに、これ!? 果実の汁かと思ったのに!」


酸っぱいような、渋いような味が口いっぱいに広がって、ヨミは杯を睨みつける。その様子を見て、雹藍は愉快そうに口角を上げた。


「鵬翔の民は酒を飲まないのか?」


「これ、お酒なのですか? こんな酒、飲んだことない……。変な味がします……」


「鵬翔にもお酒はありますが、このような黒い液体ではないのですよ」


苦々しい顔をしているヨミの代わりにナパルが答える。彼女は涼しい顔で杯を持ち、少しだけ液体を口にした。


「鵬翔のお酒は、馬の乳を発酵させて作るのです。あれも酸味が強いですが、このお酒の味とはまた少し違いますね」


「ああ、もしかして馬乳酒ですか? 蒼龍国にもありますよ。万人受けする味ではないうえ、蒼龍国ではあまり大量に作れるものではないので、飲む人はあまりいませんが」


ナパルの言葉に、翡翠は肉を口に運ぶ手を止めて言った。それを聞いたヨミは、目を輝かせて雹藍を見る。


「そうなのですか? お酒……馬乳酒が蒼龍国でも手に入るのですか?」


「まあ……そうだが。……飲みたいのか?」


「勿論ですよ」


答えながらヨミは、羊肉の串を大皿から取ってかぶり付いた。鳥や牛より堅い肉質に、鼻の奥をくすぐる独特の臭み。故郷の味がヨミの喉に染み渡る。


蒼龍国の料理が不味いとは言わない。鳥も、魚も、米も、野菜も、きっと美味しいのだろう。自分がそれらの食材に馴染んでさえいれば。


休戦となって十年。商人たちの手により、鵬翔の民も野菜を時々口にするようになっていたが、それでもやはり主食は羊なのだ。


宮廷でも一度羊が出てきたが、基本的には雹藍の好みなのか魚中心。半月程度ではまだ口慣れしていない。


「たまには故郷の味を口にしたくなるというやつです」


「そうか……。ならば、今度用意して……」


雹藍が言いかけたその時、後ろの方で、ばん、という大きな音とともに、大音量の罵声が響いてきた。

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