第36話
「私が未来の皇后だという認識は、一応あったのですね」
「……それは、どういう意味だ」
眉をひそめ、下唇を僅かにあげる雹藍。表情の変化が乏しいだけで、よく見ればこの皇帝は意外にも感情豊かな事に気付く。
「いえ。いろいろ思う所はありましたので。今日着るようにと渡された服も男物でしたし」
ちょっとした皮肉のつもりだったが、雹藍には随分と効いたらしい。彼は眉尻を下に向け、ヨミの横で心なしか小さくなっている。
「その……気分を害していたなら、すまない。鵬翔の民は、女でも脚衣を穿くだろう。だからヨミ殿には男物の方が良いと思った。ナパル殿については人間ではないと分かっていた故、鵬翔の服は着たことがないのではと思い、裳を渡したのだ」
「そうだったのですか……」
呟きながら、今日は驚く事ばかりだと心の中でヨミは思う。冷酷な皇帝だと思っていた雹藍は、想像以上にいろいろな事を考えているらしい。
「では、半月一度も会いに来てくださらなかったのは? 短剣の件を不問にされたという事は私達を疑っていた訳ではないのでしょう?」
「それは……君、言っていただろう。一緒に過ごすと疲れる、と……」
「あ……。それは、申し訳ありませんでした」
思い出して、ヨミは唇の片側をぎこちなく上げる。
雹藍はどこかに行ってしまったかと思っていたから他にもいろいろ口走ってしまった気もするが、もしやそれもすべて聞いていたのか。
「……でも、あれは雹藍も悪いのですよ」
こみ上げる後悔と羞恥をなすりつけるように、ヨミは雹藍を見て口を尖らせる。
「挨拶に来ると聞いていたのに、何もお話にならないのですから」
「……何を言って良いのか、分からなかったのだ。話すのはあまり得意ではなく……」
「そうは言ってもです。話さなければ、互いのことなんて何も分からないし、伝わりません。あなたが会いに来てくれなかった理由も、私に男物の服を渡した理由も、今話してくれなければ私はあなたに馬鹿にされているのかと勘違いするところでしたよ」
事実、服に関しては馬鹿にされているのかと思ったが、それは言わないでおいた。
「……」
ヨミの訴えに、雹藍は黙ったまま悲しそうに目を伏せる。
そこにいたのは冷酷な皇帝でも、残忍な将軍でもない。ただの、ひどく叱られた一人の青年だった。
「ふふ……、あはははっ!」
彼の姿に、ヨミは我慢しきれず吹き出した。
「この国の頂点に立つ人なのに、どうしてそんな顔しているのですか」
「それは……、君が……」
「そんなことを思うのならば、あなたの言葉をちゃんと聞かせてください。今からでも遅くないですから」
ヨミは一歩前に出ると、雹藍の袖を引っ張って歩み始める。身体の均衡を崩した雹藍は、前のめりに
「よ、ヨミ殿……!?」
ヨミは驚く彼を振り向き微笑む。
「ヨミ、と。そう呼んでください」
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