第35話

「僕は……笑っていたのか……?」


「ええ。自分でも気付かなかったのですか? ……というか『僕』って。確か初めて蓮華殿で顔を合わせた時は、『私』って言ってませんでしたっけ」


「あれは職務中だったから……。あ、いや、今も職務中なんだが、翡翠以外の臣下がいないときはそう話している……。変、か……?」


「変と言いますか……」


呟きながら、ヨミは目の前でまごついている雹藍をまじまじと見る。


もしやこの皇帝は、無感情なのではなく、単に感情を表に出すのが苦手なだけなのではなかろうか。口数が少ないのも、口下手故なのかもしれない。更に、素の一人称は「僕」ときた。


そう考えると。


「なんだか、かわいいですね」


「かっ……、かわいい……!?」


耳の先まで真っ赤に染める雹藍。そして告げた本人であるヨミも、口を押さえて俯いた。


どうしてこんな相手のことを、かわいいなどと思ってしまったのだろう。


ちらり、と目の前の雹藍の顔を一瞥する。


顔を赤らめてヨミから目をそらす彼は、間違いなく十年前に両親を殺した者を率いていた将軍だ。


冷たい瞳に残忍な行為。


冷酷な獣のようだと思っていたのに、こんな顔を見せられてしまったら調子が狂う。


乱れた心を戻そうと、ヨミは顔を上げて話題を変えた。


「それで……あの……。雹藍は何故都に来たのですか? それも庶民の格好をして」


その問いに、雹藍は「ああ」と再び歩を進めながら話し始めた。


「宮廷でも、臣下たちから都の様子は話に聞く。けれど、こもってばかりでは、実際の様子は分からないだろう? だから月に一度か二度、密かにこうして直接見に来るのだ」


「そうなのですね。では私とナパルを連れてきた理由は?」


「二人にも、見ておいて欲しいと思ったからだ。蒼龍国は鵬翔とは随分と様子が違うからな。それにその……君は皇后になるのだから」


改めて彼の口から「皇后」という単語を聞き、ヨミは僅かに目を見張る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る