第34話
2
「へぇ……こんなに人が……」
人の行き交う西城の都。宮廷の正門から南にまっすぐ伸びる大通りの両側には、商店や飲食店が建ち並び、大勢の人が行き交っている。
蒼龍国建国当初から発展を続けてきたこの場所は、都の中で随一の繁華街になっていた。
短剣を奪われ皇帝殺害のことが一旦頭の端に追いやられてしまったヨミは、西城の光景を見て素直に感心する。
並ぶ建物も、行き交う人々の服装も、すべてが鵬翔の民とは全く違う蒼龍国の人々の暮らし。
自然から離れて生きる生活は、噂を聞いている限りはそんなに良い物ではないと思っていたが、実際にその中で暮らす人々の生き生きとした表情を見ると、敵国ながらこういう生き方があっても良いのかもしれないと思えてくる。
「ちょっとだけ洛陽でやってた市に似てるな。……あ、あっちは肉を焼いてる。この匂いは、鳥かな?」
雹藍がいる事も忘れ、ヨミは素に戻って大通りをあちこち見回す。すると隣から、ぽつりと声が落ちてきた。
「……やはり、そうしている方が君らしい」
雹藍の言葉に、はっとヨミは我に返る。そして彼に向かってわざとらしい笑みを見せた。
「な、な、何の事でしょう!? ふふふふ………」
すると雹藍の眉間に、微かにしわが寄せられた。それに気付いたヨミはどきりと心臓が跳ね上がる。
何か怒らせてしまったのだろうか。
短剣を奪われた今、この場で雹藍を殺すことはできない。だから今の自分にできることは、雹藍へできるだけ良い印象を与えてなんとか接触の機会を増やすことだ。なのに怒らせてしまっては意味がない。
ヨミは雹藍の機嫌を取ろうと、知恵を絞って言葉を探す。
その時ふと豪華な店構えの建物が目に入り、咄嗟にそこを指さした。
「あ、あの! 雹藍! あれ、あのお店に行ってみたいです!!」
雹藍はヨミの差した店を見て目を瞬かせた後、何故か視線を横にそらす。
「ヨミ殿。あの店は……、その……、娼館なのだが」
「え? 何ですか、それ?」
ヨミがこてんと首を傾げると、雹藍は再び瞬きをした。
そして直後に口角をあげ、くすりと笑ったのだ。
その表情に、ヨミ、そして少し離れて後ろを歩いていた翡翠とナパルは、三人同時に目を丸くする。
「君は、面白いな」
雪解けのような明るい雹藍の笑顔に、ヨミは心の中で「えええ!!!」と悲鳴に近い声を上げた。
氷帝とまで言われた無表情かつ無感動の雹藍がこんな風に微笑むなんて、誰が想像できただろうか。
「雹藍も……笑うのですね……」
ぽかんと開いた口からそんな失礼な言葉が溢れ出る。
それを聞いた雹藍は、動揺したのか顔を真っ赤に染め上げた。これまた彼の印象からは想像できなかった表情だ。
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