第32話

そうやって二人で話していると、門とは反対側の方向から足音が聞こえてきた。


「やはり、ですか……」


見るとそこにはヨミと同じような服を着て、腰に長剣を差し、苦々しげな表情をした翡翠が立っていた。その視線は、ヨミの腰の短剣に向けられている。


「先に来て正解でした。やはりあなたは信用ならない。さあ、その短剣をこちらに渡してください」


手を差し出す翡翠。


雹藍と翡翠、当然二人一緒に来ると思っていた。


だからもし短剣を奪われそうになってもその前に雹藍を殺してしまえば良いと思っていたのに、翡翠が先に来たのは予想外だった。


今短剣を取られては、せっかくの好機が消えてしまう。かといって目の前の翡翠を斬れば、皇帝の側近を殺した罪で、今度は即刻に死刑になるだろう。それに彼は剣を持っている。打ち合いになれば北門の兵に気付かれてこれまた雹藍を殺す前に捕まってしまいそうだ。


ヨミは守るように短剣へ手をあてがいながら、慎重に口をひらく。


「この剣は護身用なのですよ。どこに連れて行かれるかも分からない中、渡してしまえば何かあった時に身を守れない」


「護身用……雹藍様の話を聞いた後だと、それが本当かどうかも怪しいですがね」


そう吐き捨てた後、翡翠はあざ笑うかのように言葉を続けた。


「安心してください。あなたの身は雹藍様と一緒に私がこの剣で守りますので」


「……信用できません」


「私とてあなたのような蛮族、進んで守りたいとも思いませんよ。しかしこれは雹藍様の命令。主君が正しい道を進む限り、私にとってその命令は絶対です。違えば命を絶つ覚悟もできている」


「……」


「さあ、それを渡してください。護身用として、あなたが短剣を持つ理由はなくなったはずです。後で返してさしあげますから」


ヨミは奥歯を噛みしめながら長剣に手をあてがう翡翠を睨む。


ここで短剣を渡さなければ護身用とは別の目的で短剣を所持していると言っているようなもの。前回は雹藍も不問にしたものの、次はどうなるか分からない。これ以上想定外の状況に陥り、余計に雹藍に近づけなくなることは避けたかった。


「わかりました」


ヨミは腰帯から短剣を外して翡翠に渡す。彼はそれを受け取ると、懐に入れてもう一度ヨミを睨んだ。

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