第31話

「ヨミさん、この前揉めたのに、短剣持って行くんですか? しかもそんなに堂々と……」


「だってせっかくの好機なんだよ。何をやるのかは知らないけど、やっと皇帝に近づけるんだ。あの件は不問にしたのにこの半月間全然会いに来なかったんだから、ちょっと愛想良くしたところで会いに来るようになるとは思えないし、手っ取り早くグサッとやっちゃった方がいいでしょ? それにこの前の件も護身用って言って不問になってるんだから、堂々と持っててもおかしくはないと思うんだ。むしろ堂々としてたほうが怪しまれないかも」


自信ありといった感じで語るヨミを、ナパルは不安げな瞳で見つめる。


「そうでしょうか……? 陛下はともかく、翡翠様はごまかせない気が……」


「大丈夫。どうせ二人一緒に来るんだろうし、捕まりそうになる前に殺すから」


ヨミはそう言って頷いた後、言葉を続けた。


「で、ナパルは着替えないの?」


変わらず女官の衣装のままだったナパルは、ヨミの問いに「ああ」と声をあげて、一瞬で小鳥の姿に戻る。


「私は一旦精霊の姿で行く事にします。この方が見つかりにくいですから。外に出て、もう一度人間の姿を取った時に、渡された服を真似ることにします」


「そっか。まあその方が良いかもね。見つかりにくいし」


頷くヨミの肩にナパルが飛び乗る。僅かに掛かるこの重さも、久しぶりの感覚だ。


「じゃあ、行こっか」


「ええ」


二人は窓から外を確認しつつ、そろりとそこから忍び出る。そして手近にあった植え込みに素早く身を隠した。


後宮は、昼夜問わず部屋にいる者が多いので、人通りは多くない。更に紫玉園内は木々や茂みが多く、隠れる場所はいくらでもある。故に、北門付近まで進むのは容易だ。


問題は、北門をどうやってくぐり抜けるかである。


北門の目の前まで辿りついたヨミは、茂みに隠れたまま、門外で左右に立ち並ぶ衛兵を見て腕を組んだ。


「普通に出て行ったら間違いなくばれて、不審者が出てきたって捕まっちゃうよね。かといって、注意を逸らす方法も……」


ヨミがぶつぶつ呟いていると、ヨミの肩に止まっていたナパルが「ああ」と声を上げた。


「私があの人達の注意を逸らしましょう」


「え? どうやって?」


「まあまあ見ててください」


ナパルは楽しそうにそう言うと、小鳥の姿から子羊大の姿に変わる。そして石を一つくちばしにくわえて北門の向こうに飛んでいった。


ナパルの姿が見えなくなってすぐ、衛兵達が騒ぎ始めた。


「なんだ、あの鳥は! あんな美しい鳥、これまで見たこともないぞ!」


「ああ。捕まえて、陛下に献上するんだ!!」


兵士達は鳥の姿の彼女を捕まえようと北門から持ち場を離れる。


その隙を見て、ヨミは全力で北門の向こうへと走り抜けた。


「ふぅ、なんとか出れた……」


北門から塀沿いにしばらく走った後、ヨミは大きな息をつく。


ナパルがいたからできたものの、一人では絶対に不可能だった。初日の事は不問にするといっておきながら、実は恨みを抱えているのではなかろうか。


赤い塀にもたれかかり、心の中で悪態をつきながら休んでいると、その横に、小鳥の大きさに戻ったナパルが舞い戻る。


「お疲れ様です、ヨミさん」


その小さな身体を右手の人差し指に乗せ、ヨミは弱々しく微笑んだ。


「ありがと、ナパル。お陰で助かったよ」


「いえいえ。元のあの姿、蒼龍国の人の人目を引くのは知っていたので、もしかしたら使えるかと思いまして。うまくいって良かったです」

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