第28話

「はい、次はこっちの巻物ですからね!」


今は歴史の勉強中。教育係の女官は、尖った声で言いつつヨミに新たな巻物を差し出した。彼女のとげとげしい態度も、きっと嫌がらせの一環なのだろう。


「一行目からです。我が蒼龍国は建国以来……」


ヨミは女官の声を聞き流しつつ、巻物の上に綴られた文章を始めから一文ずつ読んでいく。


蒼龍国と鵬翔の民の先祖は同じだったとか、蒼龍国が国としてできあがっていくに従って精霊たちが姿を消したとか、洛陽の地は本来蒼龍国の土地であり戦いによって鵬翔から奪い返したのだとか、大体そんなことが書いてあった。


そこまで読んで女官の説明に意識を戻すと、彼女はヨミが読んだ部分よりずっと先の事を話しており、ヨミは小さくため息をついた。


文字は嫌いだ。


鵬翔の民は、基本的に読み書きができない。語り継ぐべきものは口伝で足りていたし、遠い場所にいる人間とやりとりする時は精霊に言伝を頼むため、生活の中で字を必要としていないのだ。


それでもヨミが辛うじて蒼龍国の文字を読めるのは、首長の家系故、両親に無理矢理覚えさせられたからである。


幼い頃、嫌だ嫌だと叫びながら、長時間紙と向かい合わせになっていた記憶が蘇る。


あの頃は慣れない勉強が辛くて両親を恨んだが、今となってはもう永遠に取り戻せない時間なのだ。


じわりと目尻が熱くなる。正面で何かを延々話し続けている女官にばれないように、ヨミは必死に涙を堪えた。


「……はい。では今日はここまで」


ぱん、と女官が手を叩き、ヨミは思い出から現実に引き戻される。


慌てて椅子から立ち上がり、「ありがとうございました」と頭を下げると、女官はヨミを一睨みして軽く会釈をしてヨミの部屋を出て行った。


ヨミは目の前の巻物をくるくると巻いていく。その横に、ことりと湯飲みが置かれた。


「お疲れ様です、ヨミさん」


「ありがとう、ナパル。……ほんと、勉強なんてつまんないよ。文字を読むのは疲れるし、歴史なんて全く興味ないし。そもそも蒼龍国の歴史だからか、やけに蒼龍国贔屓なんだよね。洛陽の地は元々あたしたち鵬翔の土地なのにさ」


「鵬翔では過去の歴史を詳細に記録したり、それを勉強したりすることはありませんしね。それに蒼龍国も元から文字を持っていた訳ではないでしょうし、建国時の歴史が正しく記されているとは限りません。どこかで本当の歴史から逸れていったのでしょうね。それは鵬翔の口伝も同じですし、真実を知る人間は誰もいないのでしょう」


「でも、ナパルは何百年も前から鵬翔の民と一緒にいるんでしょ? 本当の事知ってるんじゃないの?」


「ええ、勿論。ですからこの記録が間違っていることは分かりますよ」


「なら本当はどうだったのか教えてよ」


「ふふ、今は秘密です」


「ええー」


盛大にため息をついて机の上に突っ伏すヨミに、ナパルはくすりと笑った。


「いつか、機会があればお話しますよ。……今は、きっと言わない方がいいでしょうから」


ヨミは「ふぅん」と鼻を鳴らしながら彼女をしばし見つめた後、話題を変えるように明るい声を上げた。


「ところで、今日はもう予定はないんだっけ?」


「あ……、そうですね。歴史の勉強で終わりだったかと思います」


「なら、ちょっと今の状況を整理しておこうかな。最近忙しくて全然把握しきれてなかったし」


そういってヨミは勉強の為に使っていた紙を一枚取り出し、後宮の見取り図を書いていく。

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