第23話
2
「ナパル、と言いましたか。……あなた、人間ではないでしょう?」
ヨミの部屋を追い出され、部屋の扉の前で再び呼ばれるまで待機していたナパルは、不意に隣に並び立つ翡翠に声をかけられた。
「……どうして、そう思うのです?」
突然の問いかけに困惑し、ごまかすように微笑むナパル。翡翠はそれに見向きもせず、「気配です」と答える。
「わかるんですよ。私には。人ならざるもの、鵬翔の蛮族と共に暮らす精霊たちと同じ気配がします」
「……」
黙り込むナパルを横目で睨み、翡翠は小さく舌打ちした。
「何が目的か知りませんが、雹藍様や宮廷の他の者に手出しをする事は許しませんよ」
「私は……」
誰も、傷つけたくない。
本当はそう願っているのに、先の言葉が口に出せなかった。
ヨミが鵬翔を立つ直前、ナパルはトキから二人の計画を聞かされ、言われたのだ。
「ヨミの暗殺を手伝え。ヨミが失敗しそうになった時はお前がやれ」と。
ヨミが蒼龍国の皇帝を殺したいほど憎んでいるのは知っていた。ヨミが剣の鍛錬をしていたのもいつか彼を殺す為だという事も知っていた。
けれどナパルはヨミの行動に、心から賛成していた訳ではない。
もしも皇帝を殺すことができたとして、その先彼女が、そして鵬翔の地が、どうなるかは明白だったから。
何百年と生きる中、何度も何度も大切な人が刃に貫かれ、戦火に呑まれて死んでいった。
もうこれ以上、なにも失いたくはなかったのに、自分につけられた見えない枷が思いのままに進む事を許さない。
「私は誰も傷つかなければいいと願っています。ヨミさんが、大切なので」
首元に手をあてがい、俯きながら己の願望をナパルは呟く。ささやきほどの小さな声だったが、しかし翡翠の耳には届いていた。
彼はナパルを横目で睨み、吐き捨てるように言った。
「そんな台詞でごまかせると? 私は知っているのですよ。あなたたちの凶暴性を。人など小蝿程度にしか思っていない癖に」
その言葉に思わずナパルは顔を上げて翡翠を睨み、大声を上げた。
「そんな事はありません! 私はすべての命が大切だと……!」
そこで、言葉を切る。瞳を、大きく見開いた。
ナパルを睨む彼の瞳には、炎が湛えられていた。怒りと憎悪で染め上げられた、黒い炎。それはヨミの瞳と同じ色をしていた。
「翡翠さん……もしかして、あなたも十年前に……」
「両親が、あなたたち精霊に殺されました。死体も残らないほど、ばらばらに切り刻まれて。蒼龍国には、そのような境遇の人間はたくさんいますよ」
そう言って翡翠はナパルからそっと目を逸らす。その横顔は、どこか痛々しいものに思えた。
沈黙が流れた。
ナパルは翡翠から目をそらして俯いた。
ヨミ、トキ、翡翠――そして恐らくあの皇帝も。
鵬翔と蒼龍国の因縁に囚われ、胸に葛藤を抱きながら、それぞれの思いを遂げようと行動している。
きっとこの一月で、誰かが傷ついてしまうのだろう。
けれど、自分はそれを止めることはできない。
未来を想像したナパルは、首元を撫ぜながら瞳を閉じた。
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