第7話
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朝食後、トキに文句を言われながらも後片付けまできちんと終えたヨミは、馬を走らせ自分を呼んでいた人物の元へと向かっていった。
朝日は完全に山の端から顔を出し、済んだ光で草原をきらきらと照らしている。柔らかな風が導く先に、白い天幕と羊と馬と荷台、そしてそれらをまとめる一人の男の姿が見えた。
「ジウォン!」
馬上から男の名を呼ぶと、彼はこちらを振り返った。
ヨミは手綱を叩いて馬を急がせ、男の前で地上に降りる。
「おはよう、ジウォン。ナパルから市に行くって聞いたから手伝いに来たよ」
少し癖のある長髪を頭の下で一つに結んだ彼は、ヨミに人当たりの良さそうな笑みを投げかけた。
「おはよう、ヨミ。助かるよ。いつもありがとう」
今年で二十になるジウォンは、ヨミの幼少の頃からの幼なじみである。一年前、彼の両親が鵬翔の地を旅立ってしまい、以来ジウォンは一人この場所で生活していた。
「後少し準備するから、それまで待っててくれる?」
ジウォンはそう言ってヨミに背を向け、羊の数を数え始める。
遊牧で生活を営む鵬翔の民の中では珍しく、彼は近隣の国々を相手に商業を営んでいる商人だ。
育てた動物や作った副産物を隣国の品物を交換し、仕入れたものを鵬翔の民に物々交換で引き渡す仕事を行っている。ジウォンをはじめとする僅か数人の商人達のお陰で、鵬翔にはそれまで存在しなかった農作物や異国の衣服がここ数年で流通するようになってきた。
「準備、あたしも手伝うよ」
「ええ。ついて来てくれるだけでもありがたいのに、それは悪いって」
「いいのいいの。なにもしないのも気が引けるし。さて、仕事は……」
遠慮する彼を押し切って、ヨミは何か仕事はないかと辺りを見回しながら歩いていく。
馬に取り付ける荷台の前にやってきた時、不意に足元の方から声が聞こえた。
「珍しい。ジウォンが女を連れてきている」
「ん?」
足元を見ると、いつの間にか三匹のイタチ――の姿をした精霊が、ヨミの周りを取り囲んでいた。
「ほんまや、珍し。いつの間にあいつ女できたんか?」
「そんな訳ない。惚れた女に十年以上告白できない甲斐性なしのジウォンに彼女ができたら、この高原に星が降る」
「だねぇ~。……っていうか、この子、笛のお姉ちゃんじゃない!?」
彼らはヨミの顔を見ながら、口々にそんな事を言う。
困惑して頬をぽりぽり掻いていると、その状況に気付いたジウォンが「ちょっと!」と叫びながらやってきた。
「君たち、頼んだ仕事は!?」
「「「まだ終わってない」」」
三匹は声をそろえて堂々と答える。いっそすがすがしいほどだ。
「じゃあ終わらせてよ! 終わらないと仕事に行けないんだから!!」
「そうは言ってもな、ジウォン」
一匹のイタチが、ヨミの右肩に飛び乗った。精霊だからか重さは全く感じない。鳥の羽がふわりと肩にのったような、そんな感覚だ。
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