第3話

「う……。トキ兄、起きてたの……」


「当たり前だ! 鵬翔の民たるもの夜明け前に起きて仕事を始めるのが当然だろう! これで何度目だ!? 俺がお前の仕事をやるのは!?」


言われて彼の背後に目を遣れば、暗い草原の中に白い影がいくつも浮かんでいる。ヨミが頭を掻きながらごまかすようにへらりと笑うと、トキはあげた拳を震わせた。


「お前……! 誇り高き鵬翔ほうしょうの民の首長の一族、ウル家の者という自覚は……!」


鵬翔。それはヨミたちの部族の名であり、彼らが治める土地の名でもある。


放牧をし、精霊たちと共に自然を駆ける誇り高き一族。元々は、高原にあった何十という部族の一つだったが、数百年前にそれらを武力で統一させ、以来この地を統治してきた。


基本的には温厚な部族だが、戦いになると精霊たちと協力し、女子供も剣をとって勇敢に戦う。その様子が炎を抱きながら飛翔する鳳凰の姿に例えられたことから「鵬翔」と呼ばれ始めたのだと昔語りで聞かされていた。


そしてウル家は代々一族の首長を務めており、現首長はトキである。故にその妹であるヨミも、一族の中ではそれなりに身分が高いのだ。とはいえ特別な仕事は特にないのだが。


「自覚ならあるよ。けど……」


しばしば見る夢が原因で、ヨミは寝不足気味なのである。あの夢が自分にとって悪夢という訳ではないのだが、それでも眠りが浅くなる程強烈な夢である事には変わりない。


しかしそんな事情もトキには受け入れてもらえなかった。


「言い訳はいい! お前はもう十九だろう!? 今日という今日は我慢の限界だ!」


怒声と共にトキが動く。直後、ヨミの側の空が裂かれる音がした。


「……っ!!」


咄嗟に腰に差した短剣を引き抜く。二つの刃がぶつかって、がきぃん、と重い音を立てた。


「ちょっとトキ兄! いきなり危ないじゃん!」


「お前が自分の役割を忘れて寝坊などしているからだ!」


トキは手にした剣で次々斬撃を繰り出してくる。ヨミはその攻撃を短剣でなし、わずかな隙に反撃を繰り出しながら叫んだ。


「剣を下ろしてよ!」


「お前こそ、その短剣から手を離せ! お前の性根をこの剣でたたき切ったら止めてやる!!」


「嫌だよ! 性根だけじゃなくて命まで斬られるでしょ!!」


薄暗い中に二つの光がひらめいて、金属のこすれる音が響き渡った。


服が裂け、血が滲み、息が次第に上がっていく。


トキの剣がヨミの首元を掠め、下げていた笛の紐が切れたが、しかし草むらの上に笛が落ちても二人は争いをやめなかった。


そして数十回目に二つの刃が交わった、その時。

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