第一章 鵬翔の姫
第2話
1
高原の朝はひどく冷え込む。
ヨミは、寝台の重い上体をのそりと起こし、厚い毛布で蓑虫のように身体を包みこんだ。
また、いつもの夢だ。十年前のあの日から、かの国との戦いの渦中の出来事が、幾度となくヨミの中で鮮明に繰り返される。その所為で、ここ最近はうまく寝付けていなかった。
「そうだ。羊……」
仕事の事を思い出し、ヨミは寒さに耐えながら毛布から出る。
茶色の長い髪を頭の上で一つに束ね、瞳をこすりつつ薄暗い円状の部屋の中をぐるりと見回した。
部屋の中心には二本の柱。その間には机が一つと椅子が二つ置かれている。そして椅子の下辺りに、羊毛のチュニックと脚衣、その他衣服一式が無造作に放り投げられていた。
ヨミはのろのろと歩いて行ってそれらをつまみあげ、寝衣の上から着込んでいった。腰帯を着け、脚袋と手袋を紐で結び、首に白狐の毛皮を巻けば、高原の寒さにも十分耐えうる服装だ。
これでよし、と寝ぼけた頭で一人満足する。寝台脇に立てかけていた短剣を腰帯に差し、最後に紐の付いた横笛を首から提げて、ヨミは家の外に出た。
外は夜明け前だった。空はゆっくり白み始めているが、辺りはまだ薄暗い。
ヨミは白い息を吐きながら、ぶるりと身体を震わせて、「羊、羊」と呟きながら、丸くて巨大な天幕に似た自分の家の壁沿いにぐるりと回り、昨晩羊を閉じ込めた柵へと向かった。
しかしそこにいるはずの羊は、何故か一匹も見当たらない。
「あれ? おかしいな……。昨日柵の鍵はちゃんと閉めたはずなのに……」
ヨミが首を傾げていると、その後ろから、足音と共に怒鳴り声が響いてきた。
「ヨミ、また寝坊か! 羊を放つのはお前の仕事だろう!?」
振り返るとそこには、つんつんとした短い茶髪に、ヨミと同じような服を着た青年――八つ離れた兄のトキが仁王立ちになっていた。
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