黒き鳳凰は龍と躍る

yomiasawa

序章 戦火

第1話

一面の紅だった。


緑の大地は炎に巻かれ、たおれた人と精霊の血で染められている。


灰で覆われた星空の下、剣戟けんげきの音と絶命間際の叫びが響く戦場を、幼い少女が短剣を片手に駆けていた。


幾人もの敵国の兵が飢えた獣のように武器を振り上げ迫ってきたが、少女の足は止まる事はなかった。


地を蹴って斬撃を躱し、驚愕する兵の首を掻き切りながら、無我夢中で少女は走る。


その頭に浮かぶのは、父と、母と、兄の事。


生まれてこの方経験した事のない戦火の中を、ただ大切な人達の命が失われないようにと祈りつつ、彼らの姿を探していた。


炎に肌を焼かれながら、死体を飛び越え、瓦礫となった家を横切り、味方の天幕へと辿りつく。


そこで、見たのだ。


十数人もの敵兵に囲まれた両親の姿を。


武器を失い、為す術もなく身体を刃に貫かれ、首を切り落とされるその瞬間を。


少女は叫んだ。叫んだが声は出なかった。


やがて一人馬上で状況を静観していた男が、地上に降りて両親の首を部下の持つ箱の中に押し込んだ。


敵国の将らしき男の背を、少女は怒りと憎悪にまみれた瞳で睨みつける。

 

その時、男が少女を振り向いた。


氷のように冷たく無慈悲な瞳。何の感情の色も映さない顔。


冷酷を体現したようなその男は、しばし短剣を構える少女を見つめた後に、無言で両親の首を連れ去っていった。


少女は男の背を凝視して、彼の姿を心に深く刻み込む。


そして誓った。


父と母、二人を殺した彼の男に必ず復讐してやると。


この日生かしておいた事を後悔させてやるくらい、惨たらしく殺してやると。





戦は終わった。


しかし少女の内に燃える黒い炎は、決して消える事はなかった。

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