第4話

おそらく、「クー」とは彼らのあがめる神に違いない。


 翌日、朝から町に出た道満は、昨夜の事を思い出す。


 貴族の亡霊の言動は、自分とは比べものにならないほど高貴な者に対するものだ。あの集団の中の最も上の立場の者が、死してまであがめる者と言えば、それは神以外に何があるというのだろう。


 で、あるならば。神のことは神に聞くのが一番早い。


 そう考えた道満は、一条戻橋からバスに乗った。令和の乗り物も、慣れれば牛車よりずっといい。

 そのまま揺られること約十分。降りた駅の道路を隔て、さらに歩くこと約五分。辿りついたのは、賀茂別雷神社、通称上賀茂神社だった。


 楼門の中には入らず前を横切った道満は、人気の少ない場所に佇むと本殿の方をじっと見つめて声を掛ける。


「おい。賀茂、いるだろう」


 するとその声に応えるように、ひゅう、と一陣の風が吹き、道満の前に白い衣袴姿の一人の青年が現れた。


「なんの用だ、道満。また何かさせるつもりではなかろうな」


 髪はみづらで、首には勾玉、腰には剣を携えている。この古事記にでも出てきそうな格好をした青年は、上賀茂神社の主祭神で、平安の頃からの道満の知り合いである、賀茂――賀茂別雷大神だった。


 彼には平安の頃にも令和の世に来てからも、仕事で何度か世話になっている。昔馴染みの神は他にもいるが、賀茂が一番親しみやすい。


「何かする、って程じゃねぇけど。ちょっと聞きたいことがあるんだよ」


 道満は昨夜の事を賀茂に話し、「クー」を知っているかと問いかける。


 しかし彼は腕を組んで眉をひそめた。


「確かにこの日の本には八百万の神が存在するが、『くー』という神は聞いたこともないぞ」

「お前でも知らないのか……。くそ、一体誰なんだよ」


 ため息をつく道満に、賀茂は「しかし」と言葉を続ける。


「一週間前からだろうか。一条の辺りから、妙な気配を感じるのだ」

「妙な気配? どんな」

「神気ではあるのだ。しかし、我等とは何かが違う。初めは危険な者が紛れ込んだのかと思い警戒していたが、どうやら害はないようで放置している」

「一週間前……。一条……」


 家の周りで何かあっただろうかと思い返すが、特にこれといって異常はなかったように思う。むしろ、清彰が旅行に行っていたから普段より静かだったくらいだ。


「安倍の家に行って奴らに聞いてみた方が早いのではないのか? 晴明とまではいかんが、今の代にもそれなりに能力のある奴がいるだろう?」

「そんな奴いねえよ。ま、でも、あそこは情報だけは集まるからな。清彰にでも聞いてみるか……。ありがとな、賀茂」

「ああ。ではな。……全く、いつも我を頼りおって」


 再び、二人の間に強い風がふく。賀茂はぶつぶつ文句を言いながら、巻きあがる木の葉の奥へと隠れていく。そうして風が収まった時には、賀茂の姿はどこにもなかった。

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