第5話

北国の冬は、アンナの住んでいた町とは比べものにならない程に厳しかった。もう春が来てもいい頃だと言うのに、氷点下の気温は皮膚を突き刺し、暖炉の火を焚いていても寒さは一向に収まらない。

「お金を作って必ず君を迎えにくるから」

 この町に着いた次の日に、ロベルトはそう言い残して鉱山へと旅立っていった。

 アンナは宿の一室に住み込んで、来る日も来る日も窓の外を見続ける。どんなに暗く凍えそうな夜でも、ロベルトが自分を迎えに来てくれる日を思って待ち続けた。

 しかし約束の三か月が過ぎても、ロベルトが戻ってくることはなかったのだ。

「金鉱で、また死者が出たらしいぞ」

「氷の割れ目に落ちて、そのまま死んでしまったらしい」

「疫病も流行ってるって話だ。まったく、どうしてそこまでして金がほしいかねぇ」

 部屋の外から聞こえる噂に耳を塞ぎつつ、アンナはロベルトの帰りを待っていた。まだ、彼が死んだという話は聞いていない。そんな微かな希望に縋り、祈るような思いで日々を過ごしてきた。

 けれどもそんな希望も、全て打ち砕かれる事になる。

「あなたが待っているロベルトさん、一月前に氷山で亡くなっていたそうよ」

 とある吹雪の激しい夜に、部屋を訪ねてきた宿屋の女将から、アンナはついにそのことを聞かされた。

 ロベルトは鉱山で砂金集めの仕事をしていたのではなく、金鉱の中で採掘作業をしていた言うのだ。そしてその作業の途中、足を滑らせて氷の割れ目に転落し、そのまま帰らぬ人となった。雪と蔓延した疫病により、伝達がくるのが遅くなっていたと女将は語った。

 話を聞いたアンナは、その場に崩れ落ちた。

 やはり、ロベルトはアンナに嘘をついていた。考えてみれば春であってもこの寒さ。川など凍り付いていて、そこに入って作業できる筈がないのだ。

 暖かくなるまで待てば、ロベルトの言った方法でお金を稼ぐことができたのかもしれない。けれども継母に言われた期限は三か月。冬が終わる前に莫大なお金を手に入れる方法は、金を掘り当てるしかなかったのだろう。

「ロベルトの……ばか……!」

 現実は、おとぎ話みたいにハッピーエンドになるわけじゃない。

 お姫様を連れ出す王子様がいたとして、二人が必ず結ばれるという保証はないのだ。

 目尻が熱くなり、涙が次々と溢れ出る。

 あのとき、止めておけばよかった。

 お金を作るなんて大変だからと。結婚できなくても一緒にいることができたらそれでいいと。そう言ってロベルトを引き留めて、あの屋敷で変わらない日常を過ごせばよかった。

 もう遅いことは分かっている。けれども後悔せずにはいられない。

「だって、私にはロベルトしかいなかったのに……!」

 悔恨。そして悲哀。

 灰色の感情が波のように押し寄せて、心の中を染めあげる。

 途方もない程ぐちゃぐちゃになった思いを吐き出す術も他に知らず、アンナはただただ涙を流し続けたのだった。

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