第6話 カジノと銃 1

 上陸すると白人が経営するゲストハウスに荷をほどいた。船主と小づかいは船で待つそうだ。


 ジョーイがクメール語で注文すると、テラスに特大のチーズバーガーが届いた。重そうだなと思ったが、食べはじめると疲労した体にどんどん営養が補給される気分だった。


「寝ておけ」


 ジョーイは同室のツインのベッドに倒れて言った。


 私は日記を書いてから隣のベッドに横になる。ジョーイは軽い寝息をたててこちらを向いている。私もすぐに眠りにはいった。


 起きろ、と肩を叩かれた、ぐっすりと寝ていたようだ。体が軽くなった。


 ジョーイは部屋で唯一のテーブルセットに腰かけて、手でまねく。


 タイ湾の水しぶきに耐えた懐中時計を見ると夜の六時、うすいカーテンの先はまだ白んでいる。


 コーヒーが二人ぶん調えてあった。しばし無言でむきあう。


「トムからなんて聞いてきた」


「いや、君を手伝えとだけ」


 ジョーイはネスカフェのインスタントコーヒーをぐっと飲んで、


「では手伝ってもらおうか」


と笑い顔で言う。


「まずシャワーを浴びて髭を剃れ」


 そのゲストハウスのシャワーは熱くて大量のお湯がでた、指さきから尻まで洗う。


腰にタオルをまいて出ると、ジョーイがワイシャツとスーツを準備していた。


「これを着ておけ」


 ジョーイがシャワーを使っているあいだ、私はこのカンボジアの辺境のゲストハウスに不似合なスーツ姿になった。服類はきちんと折りたたまれていて、私が寝ているあいだに部屋に届けられたようだ。


 ジョーイが長湯なのでコーヒーの残りと煙草をたのしむ。


 風呂に入った彼は女性の服ででてきた、私は目をむいた。


 もともと細身で色黒だったが、体に合ったタイトなグレーのドレスが美しい曲線を描いていた。一瞬レディーボーイというトランスジェンダーかと思ったが、その美しさは目をみはった。


「英語でしゃべってみろ」と言われて、


「いや、君は女の子だったんだね」


「子供ではない」と訛りはあるがはっきりした英語で応える。


「おまえもなかなか見れるじゃないか、トイレはいいか」


 ジョーイに右の上腕をがちりと掴まれ、私たちは南国のおそい夕まぐれの町に出た。


 シクロという三輪の人力車にのる、まわりの視線が集まるのがわかる。体をかたくしてジョーイに訊く。


「なにをすればいいのだ」


「おまえは香港人の買付人だ」


「広東語は知らないぞ」


「心配するな、むこうも知らん」


「むこうは誰なんだ」


「むこうはむこうだ、あまり詮索するな」


 ジョーイはまた例の笑みを今度は女性の顔でうかべた、男だと思っていた時はおない年くらいなのに生意気なやつだと感じたが、ドレスアップしてうすく化粧もして言われると焦りを感じる。


 着いた先は桟橋のある港だった。


 ジョーイが後ろから腕をからめる、小さいがかたい乳房が当たる。


 桟橋は木製で頼りないが、この辺りは遠浅なので怖くはない。


 三百メートルくらい沖合いに出ると、カンボジア人の警備員と白人の案内人がいた。


「ご予約のお名前を」


 白人の男がていねいに尋ねる。


「ミスターアンドミセス・ワンよ」


 ジョーイが応えて、桟橋の突端のボートに案内される。スピードボートの一種で、トイレなどは無いが速さと乗り心地のわるさで定評がある。


 しかし意外にもホテルの制服のようないでたちの操船手は、波をうまく避けてスムースにすすんだ。


 前方のイカ釣り船かと思っていた光の束は、近づくと大きな客船だった。


 ファンネルマークからするとヨーロッパ、しかもフランスの船ではないかと推察された。舷側に鉄製の階段が降ろされていて、そこから甲板にあがる。


 甲板の上は今まで見た町とは別世界だった。


 カクテルや肉料理がテーブルにならび、主に白人と中国人が占めていた。


 傍目には私がジョーイをエスコトートしているように見えるが、実際は右腕にかかる彼女の手が行き先をしめす。


 甲板から階段をくだると、カジノだった。


 ジョーイが五百バーツ札を何枚かわたしコインを受けとる。半分くらいを私にくれた、それでも両手でいっぱいだ。


 始めの所にはコイン落としがあった、コインを上から落として、熊手のような機械の手で吐きだすゲーム。なかなかコインが積もっている台もあったがジョーイは素通り。


 すこし奥にはいったところに、バカラ、大小、ルーレットにブラックジャックのテーブルが並んでいた。ディーラーは皆カンボジア人だった。


「ここら辺であそんでいろ」


 ジョーイの言うように、ひと通りまわってみてから、年増女のディーラーがいるブラックジャックのテーブルについた。取ったり負けたりしているうち、ジョーイが呼びにきた。


 さっきと同じスタイルでさらに船倉の奥に連れていかれる。狭い廊下を進んでいくと、古色な木の扉についた。ジョーイにうながされドアをあける、予想通りに重く、低い音が鳴る。


 木製の机でバカラをやっている主人がじろりとにらむ、クメール人だ。


 カンボジア人というとベトナム系やタイ系、中華系などがふくまれるが、その壮年のがたいのしっかりした男はクメールの血がつよかった。片方の目に切り傷の痕がある。


 ゲームがひと段落するまで、私とジョーイは壁ぎわで待つ。やがてディーラーをしていた主人が総取りして、プレイヤーたちの溜め息が吐く。


 バーカウンターにさそわれてビールを奢ってもらう。


「そちらさんはだれかね」


 訛りのつよい英語で私とジョーイに訊く。


「前に言った私の主人よ」


ジョーイも英語で答え、それからはクメール語のやり取りになった。


私はほとんどこの言葉は分らないので、バカに見えないように気をつけて座っていた。


 そのうちに誘いあうようにバーカウンターの中へはいる、私も呼ばれていなかったがついていく。酒の貯蔵庫の先にまた小部屋があった。どんな造りの船なんだと思う。


 そこで取引されていたのは拳銃や小銃、サブマシンガンまであった。なるべく平静な顔を保ちつつ、むこうの主人とジョーイのやり取りをきく。そのへんで分ったのはジョーイのクメール語は母語ではないこと、腕や顔は浅黒いが背中が抜けるようにしろいことくらいだった。


 どうやらジョーイは拳銃を買いつけに来ているようだった。リボルバーとオートマチック、それぞれ三丁ずつ目星をつける。リボルバーは回転式拳銃、オートマチックは自動装填拳銃のこと。そこから値段交渉だ、しきりにジョーイが私のほうを振りかえる。なるべく難しそうな気配を出すように心がける。私の役割はいかにも趣味で買いつけにきた華僑をよそおっていればよいらしい。


 数字の応酬になると私にも状況が呑みこめてきた、この辺りだろうという安目の値段をスパッと言って片がつく。


 拳銃はどれも美品だった、リボルバーの一つは銃把に象牙の意匠が凝らしてあった。オートマチックも弾倉のグリースが艶やかだった。


 リボルバーはその名のとおり、シリンダーという回転する弾倉が付いている拳銃で、西部劇やロシアンルーレットなどでおなじみだ。


 オートマチックはそれより新しく、弾倉が銃把にはいっている。そのぶんリボルバーの六発に対し、十数発の弾が込められ、薬莢もオートマチックに排出されるので、リボルバーのように撃鉄を親指でおこす必要もない。そのかわり、銃把が弾倉を兼ねているので、象牙の意匠などはほどこせない。


 いずれにしろそこで並べられた拳銃はどれもチンピラが使う道具ではなく、金持ちの趣味に売られていく品のようだ。

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