第3話 国境 3
ハートレックには二時に着き、国境越えに一時間かかった。私の入国審査は五分だったが、カンボジア人たちは時間がかかった。密出国ではなく、自分の国に入国するわけだから審査はゆるかったが、審査官は袖の下を要求していた。
カンボジア側にはいってから、道路事情が一変した。タイ側は曲がりなりにも舗装道路だったが、トムが言っていたオフロードはここからはじまった。
急峻なカーブとアップダウン、タイ側では右手は海か土産物屋だったのが崖になり、左手は山になる。ヘアピンカーブが続き、ところどころに地雷のマークと「マインズ」の英語の看板。休憩をとるガソリンスタンドもない。
これはたしかに料金倍じゃなきゃと思いながら、運転に集中する。緑が多くて目が痛いくらいだ。たまにぬかるみにタイヤをとられそうにもなるが、このトラックは四駆なので無理からすすむ。うしろのカンボジア人たちは国境前とはうらはらに陽気にしゃべっているようだ。
何度か対向のバスやトラクターに肝を冷やされながらも目的の町に着いた。残照が残る時間だった。
街の中心を探していると、年長の男が道を指示してくれた。彼はバスターミナルと呼んだが、茅ぶきの破風にがらんとした土肌のあき地だった。
バンコクのターミナルのようにバス専用でもないようだったので、茅の日傘のおばけのような構造物のちかくに駐める。
乗る時は陰滅な表情だった乗客がはればれした顔で荷物を取りだす。先ほどの年長の男が代表してお礼を述べにきた。
「あなたのおかげで助かった、どうもありがとう」
と千バーツ札を三枚よこした、すると後にいた残りの乗客がそれぞれ袋入りだったりハダカだったりしたが、百から数百バーツの金をくれた。
こんなことは当然という顔をして受け取り、トムの言った宿泊場所へ行った。
宿泊所のオーナーは華僑だった。早口のマンダリンで挨拶される、少し怒っているように聞こえるのは中国人の喋り方だ。
カオサンよりはずいぶん広くて清潔な部屋に案内された、天井に裸の大きな扇風機がのろのろとまわっている。トイレは水洗、水シャワーもついていた。
荷物を解くが、もともと日帰りの予定だったので最低限のものしか入れていない。逆に足りないものがつぎつぎ判明した、歯ブラシ、セッケンやシャンプーなどである。
主人に市場へ行くというと、小学生くらいの女の子を同行させるという。痩せぎすで古いTシャツと短パン、サンダルの少女が無表情でついてきた。
市場では必要なものはすぐに見つかった、タイ語もかなり通じたので助かった。少女はついてくるだけで特にガイドとしては役に立たなかった。
夕食どきだったので、揚げ物とスープのある屋台にすわった、そこで名前を訊いたスンという少女にはコーラを、私はビールと氷をたのんだ。タイで氷入りのビールを飲んでこの飲み方が気に入っていた。適当に指さし注文した料理がくる、大鍋で作りおきなので早い。スープとなにかの揚げ物、焼き物、めん類ともち米。ちょっと多めに頼むのは、たべられないものがあった時のためと、大陸では食事はすこし残したほうがいいという理由だ。
「スンは何才なの」とタイ語で訊いてみると、十才という返事。体つきはそんなものだが、表情が大人びていたのでおどろいた。
タイのシンハビールに肥えた舌にはうすあじだったが、カンボジアのアンコールビールが運転に疲れた身体を癒やした。
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