32話 露天風呂後の夕食会




「ふぁぁー…気持ちいー…」


 俺の露天風呂に浸かった第一声が脱力声だった。


「ココン!カブト様、露天風呂気に入りましたか?」


「本当に気持ち良いです!」


「コンは、カブト様のおもてなしが出来て良かったです」


 チャコンは、満足そうな笑みを浮かべ俺を見ていた。


「チャコンさん、お風呂上がったら次の予定は決まってるんですか?」


「夕食のご予定ですが…カブト様は、食べれない物とかあります?」


「そうではないんですが、俺の口の中を覗いて診てくれませんか?」


「口の中に何か…?コン、覗きますね!失礼するのです」


 チャコンさんに顎をクイっとされ、俺は口を開けて診てもらう。

 俺の口を見終わると、チャコンさんは驚きの声を上げる。


「カブト様!大変です!喉が無いです!これでは夕食が食べれないです!」


「そうなんですよ」


 進化して〈変幻自在〉スキルレベルが上がったと思ったら、俺の擬態には食材を通す胃はされなかったらしい。

 旅館と言えば、和食料理があると思ったので、ほぼ料理が食べれない事が決まった瞬間だった。

 

 その事に対して俺は、頭を下げながら落ち込みながらも口を開く。


 「生まれた時から備わっていなくて、水やお茶は飲めたりはするんですが、料理が食べれないんです」


 嘘は言っていない。

 飲料できたのも、今日が初めてだったから。


「それは…困ったです。そうだ、コンが何とかするです!」


 チャコンさんは、立ち上がり大声を出した。

 俺はチャコンさんの湯浴み着で透ける身体を見ない為に、グッと目を閉じる。


「ラルトさんー!ビャビャさんと入浴中ですかー?」


「チャコンーどうしましたー?」


 ラトルさんの声が返ってくる。


「カブト様がー!飲み物以外の料理をー食べれないんですー!」


「チャコンー!ワタクシがー何とかしますー!後で詳細ー教えてくださいー!」


「畏まりましたですー!」


 ラルトさんとの長距離会話のキャッチボールが終わり、チャコンさんは俺の顔を覗くように口を開く。


「カブト様、なんで目を瞑っているんです?」


「それは…チャコンさんの湯浴み着が、透けてると思って!」


「別に目を開いても大丈夫です!」


「本当ですか?」


「はい!本当です!」


 俺はゆっくりと目を開くと、そこには湯浴み着が湯で濡れて身体のラインが完全に浮き上がるチャコンさんの姿があった。

 肌色は見えていないけど、デコボコした部分はハッキリ浮き出ている。

 俺の顔は沸騰してしまったので、顔を横に向けて声を上げる。


「駄目じゃないですか!」


「カブト様は初心ウブ過ぎますよ!コンも妹弟居ますが、そんなの気にしないです!」


「俺が気にするんですってば!」


 俺とチャコンさんの声がキャッキャと響く。


 その反対側の温泉…竹林を抜けた先では、ラルトさんが料理番の所に向かって、一人になったビャビャさんが温泉に浸かっていた。


 普段は浴衣の帯で締められてる身体は、風呂に入れば妖艶な体つきをしている。

 ビャビャさんは、頭の耳をピクピク動かしながら此方の聞いていたという。


「ヒャヒャヒャ!楽しそうなぁ。わっちも混ざりたいー。そんなことはぁ、ラルトに怒られそうやなぁー。楽しそうにしてくれるなら、なによりよぉ」 


 楽しそうな声を聞いて、気を抜いたビャビャさんの尾は、4本に増えていた。


「おっとぉ、尾の数が自然に増えてしまったぁー。あぁ、仕舞わなきゃぁ」


 しばらくの間、カブトとチャコンの声を聞きながら、檜のお酒でちょびちょび飲んで、俺とチャコンさんの声を聞きながらゆっくりしていたという。




 



 俺は風呂から上がると、チャコンさんに慣れた手つきで全身を拭かれ、寝間着に着替えさられる。 

 チャコンさんを見ると、浴衣から晒す肌が更にツルスベになっていた。

 「カブト様!お手を!」と言われて手を繋ぎ、夕食の香りがする部屋へ向かう。

 

 向かっている間、可愛らしい鼻歌が「ユウショク♪ユウショク♪オユウーショク♪」と言うように上機嫌に繰り返す。


 床の間がある広々とした和室に入室すると、座布団と座禅テーブルが4人分並べられており、端っこにラルトさんが立って待っている。


「お待ちしておりました、カブト様。夕食の準備がもうすぐ出来ますので、座布団に座りながらお待ちください」


「カブト様!此方にどうぞです!」


 俺はチャコンさんに連れられ、出口に近い方に座る。

 その隣にチャコンさんが座ると、いつの間にか居るビャビャさんが、俺の両肩を掴んで耳元で囁く。


「カブト坊ちゃんの分はぁ、美味しい汁物を準備しといたよぉ」


 俺はゾクゾクと震え、レヴィアと出会ったときと同じ覗かれる感覚になるが、何とか返事を返す。


「ありがとうございます…ですが、心臓に悪いです…」


「カブト様を驚かさないでください!気絶しちゃうです!」


「チャコンなぁ、カブト坊ちゃんのぉ反応も新鮮で美味だよぇ」


「もう!それ以上やるならコンは、怒りますよ!」


「コンが、そこまで気に入るとわぁ。カブト坊ちゃんやるぅ」


「えぇ…?」


 困惑していると、ラルトさんがビャビャさんの肩を浴衣が付く強さで掴む。


「いたぁい!ラルトまで混ざらんでええよぉー。わっちの肩から手ぇ放してぇ」


「カブト様が、困惑しておりますので、早く席に着席して夕食にしましょう」


「ラルト!カブト様から会長を引き離すです!」


「わっちが悪かったってぇ」


 ラルト肩を引っ張りながら俺から引き離し、床の間の近くの席にビャビャさんを座らせる。


「会長とラルトとコンは、子供好きなのでお気持ちは分かりますが!会長には、過度にならないよう、線引きをして欲しいです!」


「カブト様。ワタクシ共の会長が失礼しました」


「大丈夫ですよ。驚きはしましたが…」

 

「さぁ、気を取り直してぇ。夕食としようかぃ」


 鈴を袖から取り出してシャランシャランと鳴らすと、引戸が開いて配膳ワゴンで、和食料理が置かれていた。

 ラルトさんの顔立ちに似た、体の良い黒兎の獣人男性が立っていた。

  

「カブト様、初めまして。ビャビャ会長の元で料理番をしているクルトと申します。カブト様には限られた料理しか振舞えず申し訳ありませんが、我が自慢の汁物をご準備しましたのでご堪能下され。今から配膳させて頂きます!」


 和膳トレイで、各テーブルに料理が置かれていく。

 俺は、チャコンさんの料理を見ると、涎が垂れそうになる。


 そこには、赤飯と味噌汁、煮魚、厚焼き玉子2片、豆腐の上に大根おろしと刻み葱、沢庵と大根の漬物があった。


(どれもめちゃくちゃ美味しそう…和食が食べれないのが悔やしいよ…)


 俺は悔しさのあまり、涙が出そうになる。

 果たして食べれる日がやって来るのだろうかと不安を募らせながら、自分の配膳された蓋が閉められた汁物を見た。

 

 蓋が締まっているが、それでも美味しそうな香りを感じたかもしれない。 

 具材は何も入っていないのに、食材の存在を感じる一品、そう錯覚するほどの蓋が閉まっており、香りが閉じ込められている代物。


 チャコンさんは、俺に汁物の事について教えてくれる。


「カブト様!それはですね、呉汁ごじるって言うんですよ!クルトが滅多に作らない汁物の1つです!特別な事が無いと振舞ってくれないんです!」


「そうなんですか?蓋を開くのが楽しみです」


「配膳し終わったようなぁ、皆の者手を合わせて…」


 ビャビャさんの声に合わせて手を合わせる。

 懐かしいなと思いながら俺は声を合わせた。


「「「いただきます」」」


 俺は蓋を強く掴み、空気を入れたん瞬間、香りが当たりに漂う。

 蓋ゆっくり開くと、具材はもちろんなかったが、呉汁に一口付けた。

 チャコンさんは、俺を見つめて聞いてくる。


「カブト様、どうですか?」


(最初の里芋と人参と大根の野菜の甘み、椎茸を醤油で焼き入れした香ばしさ、七味唐辛子の辛味が見事にマッチしている。その辛味を油揚げの油分の優しさがふわっと包んで、最後にホッとする豆をこした汁の味で落ち着いた)


「美味しい~~~~~~~~~~~~~~!あっ、失礼しました」 


 俺のその反応を見た皆は、嬉しそうに笑ってくれる。

 その後は、カブトはゆっくりと呉汁を飲み、夕食を堪能したのだった。




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