『ロミオとジュリエット』シェイクスピア著 を読んで 竹久優真
『ロミオとジュリエット』竹久優真
『ロミオとジュリエット』を読んで 竹久優真
学園祭をかわいい女の子と一緒に回る。という現実世界ではめったに起こることもなく、それでかつ定番のシチュエーションを期待していたのだが、あいにく瀬奈も笹葉さんも実行委員で体育館に常駐しているため時間の都合を合わせられないし……うん、まあ確かに栞さんもルックスだけで言うならばかわいいと言えなくもないのだろうけれど……。いや、そもそもが僕と栞さんとが二人で学園祭を回っていたりなんかすれば大我に合わせる顔なんてなくなってしまうだろう。
結果。僕は大我と二人で学園祭を回ることになる。
まあいいさ。少なくとも男で彼以上の相手なんていないのだろうし、むしろ多くの女子生徒たちに羨望のまなざしを受けることになるくらいのパートナーだ……と、自分を納得させてのことではあったのだが、実に神様というのはいるものだ。
たまたま同じ時間に休憩に入っていて、たまたま通りかかった瀬奈に鉢合わせして、僕らはしばらく三人で回ることになった。
途中で大我が気を利かせて、(あるいは自分の都合を優先させてかもしれない。栞さんに会うために教室に急いで戻ろうとする大我に「自分も一緒に帰るよ」などと空気の読めない発言をしなかったことを鑑みればお互い様)瀬奈と二人きりになった。
果たしてこれをデートと言ってもよいのだろうか? 食べては歩き、食べては歩きの繰り返しだが、彼女と二人であるならそれだけでつまらないなんて感じることはない。
お化け屋敷でまったく怖がらずに平常運転で歩き続ける瀬奈も、バルーンアートのキリンをネッシ―と呼ぶ瀬奈も、美術科の作品展示で赤城先輩の桜の油絵の値段に百万円という実行委員の指示を無視した値札に「全然売る気ないじゃん」と笑ってつぶやく瀬奈も見ていて飽きることはない。
しかし、彼女の言いだしたバンド演奏のフリをしてほしいというお願いを聞き入れなかったのには訳がある。
僕の知らないところで瀬奈がバンド活動だなんて精を出していたことに嫉妬していたというのもあるけれど、伊達と酔狂ばかりで卑しく生きている僕にとって、できるならば瀬奈の前では地に足をつけて、正直に、堂々とした姿でありたいという野心が芽生えてきたからだ。だけど、彼女があっさりとあきらめて他をあたると言ったのはそれはそれでさみしいものがある。どうしてもとお願いされるのならば吝かでもなかったんだけど。
休憩時間も終わりに近づき、僕たちは一度解散することにする。
「それじゃあ、またあとで」
「ああ、演劇頑張ろう」
「うん、せっかくまた四人で何かできるんだもん。がんばろうね」
瀬奈は、〝四人で〟と言っていたのだ。演劇に参加するのは四人なんかではなくもっと多くの人数が参加する。
おそらく瀬奈の言う四人とは、僕と大我、それに瀬奈と笹葉さんのことだろう。はじめてこの四人で過ごしたのは春の学園祭の日。とても居心地が良いと感じたのは何も僕だけのことではなかっただろう。
それ以来何度となく過ごしたこの四人組も、いろいろあって四人全員がそろって共に過ごすことはなくなってしまった。
おそらく瀬奈もまた、再びこの四人で活動をしたいと願っているのだ。
思えばバンドの練習もあって忙しかったであろう瀬奈が、無理にでも僕らの演劇に参加したと言い出したのは、本来演劇なんて苦手なはずだった笹葉さんをステージに押し上げたのも、またこの四人で何かをしたいと思ったからではないだろうか。
いよいよ学園祭も架橋に差し掛かり、僕たちも演劇のために体育館へと移動するころにだんだんと雲行きが怪しくなってきた。
ここで言う〝雲行きが怪しい〟は比喩表現なんかではなく、物理的な現象のことだ。
天気予報では降水確率10パーセントとなっていたものの、秋の空というものは乙女心並にうつろいやすい。空は真っ黒な雲に覆われ、次第に降り出した雨から逃げるように屋外の露店は閉鎖し、イベントも中止となり、来場者は皆屋根のあるところへと避難する。
ステージのある体育館もそれは例外であるはずもなく、幸か不幸か僕らの演劇が始まるころには体育館は超満員となる。まるでそれは、僕らのメンバーの中に天気を自在に操る天狗のような存在があるのではないかと感じざるを得ない。
つい先ほど、メールで友人のぽっぽが演劇を見に来ているというメッセージが入っていた。しかも、同級生の若宮さんと片岡君も見に来ているというのだ。幕の隙間から客席ホールを少し覗き、どこにいるのか確認しようとした。
あまりの超満員。ぽっぽたちがどこにいるのか確認をするどころか、激しく緊張が高まる。
多くの期待と不安を胸に、今、超満員のステージの幕が上がる。
まだ照明のついていないステージの上、脇屋先輩のナレーションから物語は始まる。
『病により急死したブリテン国王の後を継ぎ、若き王子リアは王位を継ぐこととなる。王は即位に伴い、妻を迎えて婚礼の儀を執り行うこととなった――』
ナレーションの終わりとともにリア王扮する大我にスポットが当たる。会場の数か所から黄色い声が飛ぶ。この直後に登場する僕にとっては少しプレッシャーだ。
『ああ、何ということだ。どうやら母上は私の結婚相手には従妹のゴネリルがふさわしいと言い出してしまった。しかし、しかし私は……』
いよいよリア王の従臣ケント伯扮する僕の登場だ。素早くリア王のもとに歩み寄る僕に黄色い声が飛ばないのは当然だ。嫉妬などしない。
『何を迷うことがありましょう。リア様、あなたは国王であられる。あなたの意見を誰が反対できましょう。他に……心に決められた方がおいでなのですね』
『わかるか、ケントよ。実は私はキャピュレット家の令嬢コーデリアに恋してしまったのだ』
『なんと、キャピュレット家とは』
『ああ、そうなんだ。我がモンタギュー王家とは犬猿の仲と言われるキャピュレット家の令嬢だ。噂ではキャピュレット家は国家転覆を奸計しているとも言われている。そんな者を妻にするなどいくらなんでも大義名分というものが……』
『いや、そんなことはありませんぞ。大義名分が必要というのならば、むしろ好都合。対立する家同士の結婚とあらばそれはひとつの国家安泰の印。ためらうことなどありません』
『いやしかし、それだけではまだ足らない……はっ、そうだ! こういうのはどうだろうか』スポットが消え、暗闇の中を素早く移動する。まずリア王が玉座に座る。教室の椅子に段ボールで細工しただけの椅子だが、これがなかなか見事な出来栄えだ。
さすがは美術科の皆で作った作品だ。栞さんはあれでいてかなりのカリスマ性を持っているらしく、彼女が声を掛ければ美術家の生徒は大概手を貸してくれる。あるいは弱みでも握っているのかもしれない。
リア王の隣にはケント伯の僕、それにリア王の母ガートルード役の瀬奈がワインレッドのドレスに身を包んで立つ。さらにその隣は王弟クローディアスの脇屋先輩。その向こうにスカイブルーのドレスのゴネリル役の笹葉さんと純白のドレスに身を包んだコーデリアの栞さん。笹葉さんに関しては言うまでもないが、馬子にも衣装というか、栞さんもこうして黙ってさえいればなかなかの美人だ。
全員のスタンバイが完了したところで唯一ステージ上に立っていないメンバー、ティボルト役の戸部っち先輩がステージ裏の照明を操作する。
ステージ全体が明るくなり、劇は再開する。リア王が二人の花嫁候補にプロポーズさせるシーンだ。
『今日ふたりに来てもらったのは他でもない。今から二人にはわたしのことをどう思っているのかをそれぞれ言ってもらいたい。その上で私をより感心させた方を妻としたい』
笹葉さんが一歩前に出る。
『それではリア王様。まずは私から』
透き通るような響きの声。いったいいつの間にこれほどの演技力を身につけたというのだろう。才能もあるのかもしれないが、相当な努力してきたはずだ。それも、実行委員という面倒くさい仕事をこなしつつここまでの努力をしてくれた笹葉さんには正直頭が上がらない。
『――あなたはお気づきになんてならなかったかもしれませんが、わたしはずっと以前からあなたのことを見つめていました。しかしそれを恋だと気づくには少しばかり時間がかかってしまったかもしれません。
相手の身分を問わず等しく皆に気づかいのできるそんな優しさを持ったあなたに惹かれていったのかもしれません。
あなたはお笑いになるかしら? 今もこうしているわたしの胸があなたに焦がれる思いで張り裂けそうになっていることを?
いいえ、わかっております。あなたには想いを寄せている人が別にいることくらい。
それでも、こうしてこの想いを打ち明ける機会を与えて下さったことに、心より感謝をしているんです』
このセリフを考えたのは笹葉さん本人だ。初めに僕が考えていたものよりもはるかに良い。正直、これならリア王が心動かされてゴネリルを結婚相手に選んでしまうのも無理はないと思えるかもしれない。
続いて、コーデリアの告白だ。栞さんが一歩前へ出る。コーデリアはうつむき、何も言わない。
『さあ、言ってくれ。コーデリアよ。そなたの気持ち、存分に伝えてくれ!』リア王は後ろを向き、つぶやくように言う。『どんな言葉でもよいのだ。私の気持ちは初めから決まっている。恐れることなど何もないのだ。さあ、言っておくれ……』
『ああ、リア王よ。あなたはなんて残酷な人なのでしょう』
『残酷とな?』
『だってそうでありましょう? 身分も決して高くないわたし、ましてや長い間モンタギュー家がキャピュレット家とは仲が悪いということだってリア王様は知っておいででしょう。
それなのにこのような人前で想いを言葉にしろなどと言われ、どうしてそれが言えましょう。そんなことをして、わたしが選ばれなかった時、果たしてわたしに帰る家があるでしょうか?』
『いや、しかし……それはだな……』
『きっとあなたという人はそうやって人前で何も言えないわたしをあざ笑い、元より決めてあったそのゴネリルという女と結婚をなさるおつもりだったのですね。ああ、何という残酷。わたしはそうして人前で恥をかかされるだけの運命なのですわ』
『私が、恥をかかせるだと?』
『そうでありましょう?』
『ええい、なにを言う。恥をかかされたのはこちらの方だ。お前のようなやつは知らん。どこへでも行くがいい! 私は、ゴネリルと結婚するぞ!』
『リア王様!』
僕の、わずかなセリフの後にじっとせつなそうにリア王を見つめた栞さんが舞台袖にはける。
ステージの上ではリア王がゴネリルにプロポーズをするところで一幕は終わる。
いったん舞台袖に全員がはけ、ステージ上では第二幕が始まる。二幕ではリア王とゴネリルが仲睦まじく暮らしているシーンが続く。
舞台の脇でそれを見ている僕の心臓は驚くほどに早く脈打っていた。ステージの上では〝配役〟という仮面をつけているからこそ歯の浮くようなセリフもキザな言葉も平気だが、一旦袖にはけてしまうと素の自分が出てきて急に今までやっていた演技というやつが恥ずかしく感じてしまう。これも、一種の真夜中のラブレター効果というやつだろうか。
ともかく僕のセリフなんてほかの皆に比べれば大したことないにもかかわらずこのありさまだ。それなのにステージ上の笹葉さんなんてまるでそんなことなど平気であるかのように堂々とした演技をこなしている。
リア王を演じる大我に寄り添う笹葉さんはとてもかいがいしく、そんな姿につい見とれてしまう。舞台の上の演技とはいえ、少し前まで交際していたこの二人が僕のいないところでああして仲睦まじくしていたのかと想像してしまうと、なぜだか胸が締め付けられる。
……いや、これは単に演劇で緊張した僕が吊り橋効果とかいうやつで過剰に反応してしまっているだけに違いない。――と、そういうことにしておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます