『ハムレット』3
週が明け、けだるい一週間が始まる。放課後は毎日委員会で遅くなるが、生徒会長の進行が悪すぎてあまりにも何も決まらないまま日々は過ぎていく。クラス代表の実行委員の誰かが新たな提案をすると生徒会長は「残念だけどそれはできない」と一蹴してしまう。規則と地域住民への配慮という二つの点において不可能であると言っては結局自分の決めた運営に持って行ってしまう。いや、自分のというよりは去年の学園祭が行ったことをそのまま行うように勧めているだけだ。
結局何を言っても意味がないのだと悟り始めた実行委員はやがて話に参加しなくなり、机の下でスマホをいじりだす人も少なくなかった。
ウチもその例外ではない。瀬奈がLINEで『どこにいるの?』と聞いてくる。『文化祭の実行委員会 視聴覚室』と生徒会長に見られないように手早く打つ。
それからしばらく会長のつまらない自慢話が続いている最中、誰に遠慮することもなく大きな音を立ててドアが解放され、突如瀬奈が入ってきた。教室を見渡し、後ろのほうに座っていたウチに微笑みながら手を振った。
「誰だい? 君は? 今は委員会の途中なんだが?」
高圧的な態度で瀬奈に迫る生徒会長。
「あ、アタシ……1年F組の……斎藤春奈です!」
ウチの斜めに座っていた瀬奈と同じクラスの斎藤さんは驚いた様子で何も言えないまま口が半開きになった。
名簿を確認した生徒会長は「斎藤さん、遅刻じゃないか。次からは急いでくれたまえ」と一言。瀬奈は「すいませーん」と言いながらウチの隣に座りながら不思議そうにこちらに振り向く本物の斎藤さんに立てた食指を口の前においてウインクする。
「ねえ、アタシを探してたって聞いたけど、なにかあった?」
ひそひそ声で聞いてくる瀬奈。
「別に探してないわよ。委員会あるんだし。それに用があったらLINEでもするし」
「ああ、そーなんだ。まあいっか」
そう言って黒板に書かれた先ほどの議題を目にした瀬奈が大きな声で言う。
「ああ、キャンプファイヤーいいわね! アタシやってみたかったのよね。キャンプファイヤーの前でフォークダンス!」言いながら、その下に書いてある『不可』という文字に目を置く。「でも、なんでだめなのー?」
眉間にしわを寄せた生徒会長が答える。
「斎藤君。君は遅刻してきて聞いていないだろうからもう一度言ってあげるよ。キャップファイヤーは火を使うから危険なんだ。だから許可できない。同じ理由でクラスごとの模擬店でも火の使用は禁止しているはずだろ? それに、校庭でのキャンプファイヤーは近隣住民に迷惑がかかる。よってこれは認められないんだ。わかるね?」
先ほど提案があったときと同じ高圧的に一蹴する。しかし瀬奈はくじけない。
「でもさ、クラスごとの模擬店の火気使用は禁止っていうけれど、アタシたちのクラスは学食で堂々と火を使用してるんだよね。まあそれは調理科の教師が全員防火管理責任者の資格を持っているからなんだけど、例えばキャンプファイヤーを学園祭の後夜祭のみに行うとかに限定してその時間帯に資格を持った調理科の教師に立ち会ってもらうとかじゃダメなのかな? そこのところ、ちゃんと確認は取った? まだならアタシから掛け合ってみてもいいよ。それに地域住民に対する配慮だとかいってもこんな山の中の学校でそんなに影響あるかしら? もし、必要ならアタシその地域住民の家に理解と許可を求めて回ってもいいけどな。せっかくの学園祭であれもできない、これもできないっていうのはつまらないじゃん」
「くっ……」生徒会長は歯噛みしながら「それは僕の方で掛け合ってみるよ。君がやらなくてもいい。僕は生徒会長だからね」と言い、黒板に書かれた『不可』を消して『審議』と書き換えた。
瀬奈の登場で空気が変わった。それまで会長の独断で一蹴しにくくなることで実行委員の発言は積極的になった。
しばらくして美術家の生徒が立ち上がり発言した。
「美術科で作成した作品を販売したいという意見が出ています。ウチのクラスで行う模擬店はそれを踏まえた画廊喫茶をしたいと思うのですが……」
この発言は、ウチのデジャヴでなければ先ほど全く同じ質問をして会長に一蹴されたはずだ。
「何を言っているんだ君は! 学園祭とは日頃の学業の過程を披露する行事であって決して営利を目的とした行為は行うべきではないとさっき言っただろう!」
瀬奈は立ち上がる。
「アタシさあ。思うんだけど、模擬店なんてどれも営利目的じゃん? そりゃあガッツリ儲けようなんて意思もなくてそれなりに良心的な価格設定で行うことで社会的な商業活動の演習として認めてるっていうのはわかるけどさあ。別に美術科で作った作品を売るってこともおんなじことで、それをやっちゃあいけないってのはおかしくないかな。
調理科のアタシたちもそうだけどさ、美術科のみんなだって将来的には自分の作った作品を売ることで生計を立てるってことを目的として学校に来てるわけじゃん? だからそれが模擬店とはいえ誰かに買ってもらえるってことはそれだけでアガるわけでしょ。それに芸大なんかでは普通に生徒の作品が買えるわけだし、なら価格設定に営利目的とはならない程度の金額の上限を設定するとかしてそれでどうにか実現できるように努力するのが実行委員の仕事なんじゃないのかな?」
多分一度却下された提案をもう一度言ったのは瀬奈のこれを期待したのだろう。
さすがにこの瀬奈を発言を一蹴するということは自らの仕事を放棄していると言っているようなものだ。
「わかった。かけあってみるよ」
瀬奈の圧倒的な勝利だった。
「すごいわね瀬奈は……」
つぶやきながら隣の瀬奈に目をやると、彼女は余裕どころか、机の下の下半身はガタガタと震えていた。そして周りから見えるであろう上半身だけをウチに向けて言う。
「ふふ、ちょっとユウの真似してみたくなっただけ。アイツ、いつもこんなふうに誰彼かまわず食って掛かるじゃん?」
目を細めて微笑む。
「でも、それはきっと竹久のことを買いかぶりすぎているわね」
ちょっとした嫉妬から出た言葉だ。
「でもさ、キャンプファイヤーやりたくない? アタシさ、できたかもしれないことをなにもやらないであきらめるっていうのは嫌なのよね」
彼女にとって、やるべきかやらないべきかは問題ではないのだ。問題なのは、できるかもしれないことを挑戦しないでおくこと。
瀬奈の登場で少しは建設的な話ができるようにはなったのはいいが、そのことで委員会の進行はさらに遅れることになった。クラス代表の委員は学園祭当日のそれぞれどこかのエリアを担当することになる。
「本来なら話し合いとくじ引きでもして担当エリアを決めたかったのだが、今日は少し話し合いが長引いてしまったので、こちらで指名していくことにするよ」
生徒会長のそんな言葉の裏に瀬奈が余計なことを言うからいけないのだと責任を押し付けようとしているようにも見える。なんて器の小さい男だろう。
ウチと瀬奈は体育館のステージ担当になった。これは彼なりの嫌がらせだろうと思った。体育館のステージは当日各部活動による催事が行われる。吹奏楽部の演奏や各バンドの出演、演劇部による舞台などやることが多い。少なくとも学園祭自体が未経験の一年生二人にその仕事を押し付けるのはあまりに無能な指示だと言える。もしそこで何らかのミスやトラブルが生じた場合生徒会長のミスだと言えなくもないだろうがおそらく彼にとっては重要なことではないのだろう。しかしそのことで文句を言うのも格好悪いし、できることならばそれを難なくこなすことで見返してやりたいと思う。
その日の委員会はそれでいったん終わったのだけれど、なるべく早いうちに体育館ステージの備品や設備に不備がないかだけでも先にチェックしておきたかった。後になって不備を言っても当日までに対処してくれない場合だってありうる。
会が終わり瀬奈は真っ先に本物の斎藤春奈さんのところに行って謝っていた。成り行きで斎藤と名乗ってしまった瀬奈は生徒会長の星野さんに斎藤として名前を憶えられてしまい、なおかつ目の敵にされてしまった。一方本物の斎藤さんは名前すら憶えられていなかったわけで、なおかつ本当は実行委員なんてやりたくないと思っていたらしい。誰も立候補者がいなくて勝手に推薦されてしまったのだそうだ。そこで瀬奈は急遽斎藤と名乗って実行委員の代理を行うということで落ち着いた。
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