『グレート・ギャッツビー』2
笹葉と二人、意気揚々とショッピングモールへと出向いた。金曜日の夕方、夏祭りの前日ともあってショッピングモールは普段以上の賑わいだった。ところどころには半被を着こみ、顔に彩色豊かなペインティング(うらじゃ祭りには参加者が鬼をイメージしたペインティングをする者も多い)をしている者すら見かける。
「……もっと早く買いに来るべきだったかな、もうだいぶ売り切れちゃってていいのが少なくなってるみたい……」
「笹葉なら何着てもきっと似合うよ」
「ッもう、そういうのってなんか投げやりっぽくて嬉しくない。大我もちゃんと考えてよ」
笹葉は不満そうに文句を言いながら、早くも20%の値引きの始まった浴衣を物色する。
「……ねえ、大我、聞いてる?」
「ん? ああ、そっちの黒い奴の方が……」
「あ! あれ、カワイイかも」
俺の意見を聞いているのかいないのか、今度はガラスで仕切られた壁の向こうに掛かっている黄色い浴衣の方を指差した。薄紫のグラデーションがかかっていて、水色の蝶が描かれている。いかにも笹葉に似合いそうな華やかなデザインだ。ガラスの向こう側には店内をぐるりと迂回しなければたどりつけない構造になっていて、笹葉は急ぐように小走りで迂回しながら走っていった。俺は後を追い、ゆっくり歩きながらその場所へ向かった。
そのわずかな時間に、入れ違いざまでその浴衣を手に取った客があったようだった。見つけた浴衣を目の前に手に取り損ねた笹葉は少しばかり呆然としていた。そんな笹葉に見かねたのかその客は彼女に向けて浴衣を差し出した。
「ひょっとして君もこれがお気に入りだったのかね。どうやら君とは趣味というか、好みが似ているのかもしれないね。どうだい? そう思うだろう? 彼氏君」
「……あ、葵……先輩……」
「え? 何? 大我、知りあいなの?」
「ああ、俺の中学のころの先輩で、優真のいる漫画研究部の部長だ」
「そう。黒崎君の中学時代の単なる先輩。だから今回、この浴衣は君に譲ろう。地味でヲタクなあーしにはいかんせん派手すぎる。……これでも身の程をわきまえているつもりだからね。その点君なら申し分ない。どんなに華やかなものを身に着けたって遜色はないというものだろう……。そう思うだろう? 黒崎君」
葵先輩はその黄色い浴衣を笹葉に押し付けるように渡し、踵を返した。そこに聞き馴染みのある声が聞こえた。
「ああ、こんなとこにいた。まったく、栞さんはなんでいつもそうやって急にいなくなっちゃうんですか……」
息を切らしながら駆け寄ってきたのは優真だ。
「あれ? 大我……。それに笹葉さんも。なんでこんなとこに……って聞くまでもないか」
「た、竹久……。そ、その……ふ、ふたりで買い物なの?」
「ん? あ、ああ、その……前に言ってた部活の先輩だよ」
「も、もしかして……その……二人はどういう関係なの?」
「おや、どういう関係かと聞かれればそれはもう……」
「あ、わ、わ、ちょ、」葵先輩が答えようとするのを優真は必死になって止めようとしている様子だった。葵先輩はさらりとかわすように続きを答えた。
「……単なる恋人同士だよ」
「あ? ああ、ああ。そうそう、単なる恋人ど……え?」
葵先輩の宣言に優真は肯定した。その瞬間、自分でも何が何だかわからない……が、たぶんそれは〝キレた〟というやつなのかもしれない。急に喉の奥がひりひりと痛み、目の奥が熱く感じられたと同時に言葉荒げになった。
「なあ、優真。友達としてはっきり言っとくけど、こんな地味な女のどこがいいんだ?」
思ってもない言葉。そして言ってはいけない言葉。かつて自分が言われて最も苦しかった言葉……
「あのさあ、大我……」明らかに優真の声のトーンが落ちた。彼のそんな声を聞いたのは初めてだったかもしれない。
「友達として言っておくけど、栞の良さがわからないようじゃお前もまだまだだな」
「ちょ、ちょっとやめてよ。ふたりとも……」
笹葉の言葉はもう俺にも、きっと優真にも届いていなかった。
「あーしたちはひとまずこの場を離れた方がよさそうだ。行こう」
葵先輩は優真の腕を引っ張りながら立ち去っていった。
優真ははっきりと言った。俺があの時言えなかった言葉を……
そのまま買い物を続ける気分ではなくなってしまった。俺と笹葉はそのまま帰ることにした。笹葉の家は近くなので歩いて家まで送ることにした。思うところもあり、一言も口をきかないまま歩いた。歩きながら昔のことを思い返していた。
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