『グレート・ギャッツビー』フィッツジェラルド著 を読んで 黒崎大我
『グレート・ギャッツビー』1
『グレート・ギャッツビー』フィッツジェラルド著 を読んで 黒崎大我
誰もが憧れるような容姿端麗な謎の隣人ギャッツビー氏は毎日のように絢爛豪華なパーティーを開催する。その内心にはある一つの崇高な目的があった。それは主人公ニックのいとこにして友人の妻デイズィ、彼女こそがギャッツビーの忘れられないかつての恋人で、どうにか彼女を取り戻そうと画策していた。ニックはギャッツビーのために友人を裏切り協力をするが、結果として取り返しのつかない悲劇を起こす。
友人の優真が、俺に薦めてくれた本だ。夏休みの課題に読書感想文というやつがあった。図書の指定はなく、元々読書をしない俺からすれば何を読めばいいのかがわからなくなる。
そこで読書好きの優真に相談し、薦めてくれたのがこの一冊だった。彼の話ではギャッツビー氏が俺のイメージに合うというのだ。
しかし読んでみればこれはいささか俺に対する当てつけかのように思われた。
……きっとあいつは何もかも知っているんだ。知っていて俺に警告を放っている。そうとしか思えなかった。
小さいころから周りの目線ばかりを気にしていた。周りの期待に応えることだけが目的で、周りがだめという事は絶対にしなかった。そのかわり周りが褒めてくれることなら何でもやった。気が付けば優等生と言われるようになり、周りの期待はさらに大きなものとなり、それに答え続けることがいつしか苦痛に感じるようになってしまった。
限界を感じた俺は初めて親に反発した。親の進言する白明高校の受験をやめ、有名進学校でも何でもない芸文館高校に進学した。
そしてその時目の前に現れたのが竹久優真だった。入学式初日から遅刻、周りが友達作りに必死になるさなか焦っている様子もない。きっと自分というものを持っているからだろう。オレはそんな竹久がうらやましいと思い、友達になりたいと手を差し出した。
五月の初日、世間ではゴールデンウィークと呼ばれる頃、この学園には春の文化祭がある。文化祭と言っても参加も自由でその本質は各部活動の勧誘活動としてのイベントのようなもので、規模としてもささやかなものだ。
俺は初め、一人でこっそりと行こうと思っていたが、優真たちに誘われてみんなで行くことになった。だから俺は集合時間よりも早くに一人で学園を訪れた。
そしてそこであの人を見かけた。いや、正直に言おう。俺はその人にどうしても会いたかったんだ。この学園に通っていることは知っていたし、そもそもこの学園を受験した理由の一つでもある。
その人は学校の中でも随分外れた場所にある旧校舎で〝漫画研究部〟という部活動の勧誘をしていた。あの頃と同じく一人ぼっちだった。ひとりで新入生の似顔絵を漫画で描きながら、拙い言葉で新入部員を募っているようだった。おそらくは部員は彼女一人しかいないのだろう。人気のないタイミングを見計らって勇気を出してその部室のドアを開けた。
「君、似顔絵描いてあげようか?」
まるで知らない人に声を掛けるのと同じように彼女は声を掛けてきた。まさか俺の顔を忘れてしまったなんてあるわけがない。
「……他人のふりですか、葵先輩……」
「……葵先輩ね、その言い方自体がただの他人だと言い切っているようなものだよ。
それにね、あーしは君のためを思って他人のふりをしてあげているんだよ。いや、別に本当に他人だしね」
「でも、俺は……」
「いまさら何を言ってるんだい? あーしは部の勧誘で忙しいんだ。用がないなら帰ってくれないかな」
「その……似顔絵を……」
その場にいる理由がほしくて、表にあった張り紙を思い出した。
「ふう、仕方がないね。そういうことなら餞別代りに一枚描いてやることにしよう。そこに座りなよ」
促されるままに椅子に座り、葵もまた俺の正面に座る。そのままスケッチブックに黙ったままペンを走らせる。一度俺の顔を一瞥しただけで二度目はもう見ない。デッサンスタイルは昔のままだ。ただ、あの頃の俺たちとはもう関係性が違う。俺が、修復が利かないくらいに壊してしまったのだ。それでも俺は……。
「俺は今でも葵のことが……。それでこの学校に……」
言葉に出していた。
ペンを止めた彼女が睨むように顔を上げた。
「今更なんだっていうのさ。そういうの本当に迷惑だってわからないかな? 君もいい加減あきらめなよ。そもそも君は別にあーしのことをどうこうなんて思っていないんだよ。ただ単につまらない罪の意識をかってに抱え込んで前に進めなくなっているだけのことだ。もう過ぎ去った過去のことだし、君がそこまで抱え込むようなことでもない。どこにでもよくある話だよ。あーしは気にしてなんていない。
だからこれ以上あーしの前に顔を出さないでもらえないだろうか。
気持ち悪いんだよね。考えてもみなよ。あーしに会いにこの学校に来た? 頼んでもいないのに? それって単なるストーカーじゃないか。そんなやつが同じ校内をうろうろしているなんて考えるだけでもぞっとするんだよ。
そうだね、君もいい加減そろそろ新しい恋人を作るがいいさ。君のことだから相手ぐらいいくらでもいるだろう。そうすればあーしに対するつまらない贖罪の意識なんてすぐに消えるさ」
そういって、スケッチブックのページを一枚切り離して俺に渡した。もう絵は描きあがっていたようだ。
「俺、こんなにひどい顔してますか?」
「今のあーしには、そういう風に見えるんだよ」
そこに描かれているのは間違いなく俺の姿だ。しかし、月明かりに照らされている俺の姿はその月影の部分だけがまるで野獣のように牙を剝き、血に飢えた瞳孔が獲物を探して光っている。皮膚は虎の毛皮のに覆われ、すでに人ではないものへと化身してしまっているように描かれていた。
もう、俺のことが本当に嫌いなんだろう。それなのに俺は彼女の気持ちを考えもせずこんな学校にまでやってきて……。
もう、そこに俺の居場所はないのだと理解した。
昼過ぎになってみんなと合流し、他の部を見て回ったが、何か部活を始めようなんて気にはならなかった。
優真が旧校舎の方に行きたいと言い出した。なるべくならば俺はもう、あの場所に行くべきではない。笹葉が行きたくないと言い出したことをいいことに俺たちは別行動をとることにした。
食堂に二人取り残された俺と笹葉にしばらくの沈黙があった。やりたいことどころか俺には自分すらない……。劣等感は増すばかり……。笹葉と俺はそんな想いを共感していた。
「……なあ、笹葉……。俺たち付き合わないか?」
数日後、色気も何もない様な告白をした俺は笹葉と付き合うことにした。俺自身が前へ進むため、葵につまらない不安を抱かせないため。いや、もしかすると優真の気持ちに気づいてなお、彼に対する負け惜しみという気持ちもあったのかもしれない。そしてそれを了承した笹葉もきっとなにがしかの胸を痛めているのだろう。でも、そうすることで俺は、俺たちはきっと前に進めると思っていたのだ。
結果として二人の交際は優真を遠ざける結果になってしまった。優真は文芸部に入部した。時々顔を出すという宗像さんの話によると、優真は放課後毎日のように葵と二人きりで過ごしていると聞かされた。
次第に焦りを感じ始めるようになった。目の前にいて、俺にやさしく微笑みかけてくれる笹葉には申し訳がない。
あの静かな部室で二人は何をして過ごしているのだろうかと、頭にはそればかりが巡っていた。少なくとも、きっとあの話は聞かされているだろう。俺というくだらない人間が犯してしまった、やってはならない罪のことを。
それを聞いた優真はやはり俺のことを見下すだろう。もう、友達などではいてくれないかもしれない。
俺は彼女を裏切った。弁明の余地はない。きっと彼女は俺のことを恨んでいるだろうし、優真が俺の友人であることは葵さんも知っているだろう。俺たちは校内で目立っていた。俺自身、外見のせいで多くの女子生徒から興味をもたれていることくらい理解はしている笹葉にしても立てば芍薬座れば牡丹、すれ違いざまに振り返らない男なんていない。
だけど優真は俺にそのことをとやかく言うことは一度もなかった。知っていて、あえて知らないふりでもしてくれているのだろうか。
夏休みに入り優真といる時間は急激に減ってしまった。俺と笹葉は二人、すっかり置いてきぼりを食ったようになった。そんなある日、宗像さんが提案した夏祭り。八月の前半の週末にうらじゃ祭りという地元で大きなお祭りがあり、土曜の夜には花火大会もある。宗像さんは優真と合わせて四人で夏祭りに行こうと提案してきた。もちろんそれを断る理由もない。笹葉も楽しみにしている様子で新しい浴衣を購入することになった。
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