第7話 天音さんは案外ちょろい


 少し遡って初バイトの話に戻るがただ見ていただけとはいえいろいろ勉強になる時間だった。

例えば耳かきを耳の中で動かす時には手全体を動かすだけでなく指も同時に動かしたり、施術中にも「どこか痛いとこや気になるところはありませんか?」などお客さんへの配慮を忘れないのは当たり前のことだが聞きすぎるとうざがられてしまうし、逆に聞かなすぎると不親切な店員だなと思われかねないとバイト前に心配してたことであったのでこの際にきちんとその部分について確認できたのでよかったと思う。


 頻度としてそれぞれ施術の進行具合で言えば始めた後、中頃、仕上げが始まった後にそれぞれである。


「失礼するわ」


 なんてリラクゼーションベッドに腰掛け、スマホにメモをしていた所へ準備を終えたちょっと気を強がらせた天音さんが入室してきた。


「ちょうど良くベッドに腰掛けてくれてて助かるわ。それじゃあ始めるのでそのまま寝転んでくれる?」

「わかった」


 二回目ともなれば緊張しなくなる。

何をされるのかもうわかってるというのが一番大きいかもしれない。


 慣れというものは怖いな…とぽつり独りでに呟いた。


「横、向いて」

「ぐえぇ」

「情けない声出さないで。あとそんな声が出るほど強い力でやってないよ?ノー モア 誇張表現よ」


 横という言葉に反応して頭を動かそうとする前に両手でガシッと顔を掴まれ、方向を変えられる。

 そうしてめっ、と言わんばかりに人差し指同士をクロスさせて目の前に見せてくる瑠奈に遙日は苦笑を浮かべた。


「あの、サービスの提供をご所望したいのですが」

「サービスは御坂くんだけ特別に初回使い切りよ」

「えー、そうですか…。嫌な特別だな…」


 一応ダメ元で聞いてみたが、やっぱりもうお客さん扱いはされないらしい。

アロマキャンドルは焚かれていないし、天音さんの衣服も着物ではない。言葉遣いに至っては通常状態天音さんの丁寧さではあるが、お客さんに向けるほどのものではなくなっている。


「初回使い切りかぁ」


 畏まっている天音さん結構好きだったんだけどな、残念。と遙日は寝転がっていてもわかるほど露骨にがっくしと肩を落した。


 残念がっている素振りを見せた遙日に瑠奈が少し満足気に頬を緩ませたのは言うまでもなく本人のみぞ知る秘密である。


「それじゃあ始めますね」

「おぅ」


 耳かきが入ってきた感覚と共に俺は体を脱力させた。


「どう?痛くない?」

「うん、全然大丈夫」


 かりかりという音が聞こえ始めると同時に天音さんの心配する声も聞こえて来てくる。

そのかりかりと言う音と天音さんの声音には柔らかさがあり、耳かきの音は以前より優しさが更に加わって、より力加減が上手になっていると感じられる。


 絶妙な技巧に思わずおぉ、これは…と感嘆の言葉を漏れ出させてしまい、おまけに気持ち良すぎて体中の鳥肌がぞわっと逆立つ。


 そんな体の反応によって、なぜ天音さんの声音が優しくなったのか思考がまとまらなくなり、これはもう認めざるを得ないな、と正直にお褒めの言を告げておくことにした。


「上から目線で申し訳ないけど天音さん耳かき上手になった気がする」


ぴたりと動かしていた手を止めると、瑠奈は耳の中から耳かきを取り除く。


「なんでそう思うんですか?」

「いや、耳かきの感触が以前より柔らかくなったなと」

「そ…、そうですか?ありがとうございます」

「もう今の時点で三日月うさぎ様の気持ち良さを超えてると思うんだけど…」

「まだ耳かき入れて五分も経ってませんよ?耳かきされるのが面倒くさくなったとかじゃないですよね」

「ほんとだって。これ見たらわかる」

「これってなんですか??」


ベッドに腰掛けるような体制に戻り、鳥肌の立っている腕をほれ、と目の前に差し出すとまじまじと天音さんはそれを見つめていた。


「それを見せられたら信ぴょう性は高まりますね…、一週間練習して来た甲斐があったというものです」 

「若干一週間にして…か、」

「なんですかその言い方」


 遙日の妙な文学的な言い回しにぷっと瑠奈は吹き出す。


「というかもう俺必要なくね?追い越したわけだし」

「御坂くんの一番になる以外にも目的あったでしょ?」

「あー、なんだっけ。正直な感想がほしいだったっけ」

「そうです」


 本来の目的を達成したのだからそのままの流れで補助的な目的の方も達成されると思っていたのだが違ったらしい。

 天音さんのきっちりとした性格的に一つ一つタスクをこなしていきたいタイプなのだろうが…


「それで言うともう十分じゃないか?上達が早すぎる気もするが開始五分で認めざるを得ないくらいの腕を持ってるんだし」

「…それはそうですけど」

「しかも耳かきって一ヶ月に一回でいいらしい。一週間に一回とか高頻度でやってたら逆に耳が悪くなるって前テレビで見た」

「そっ、それなら一ヶ月に一回でいいのでさせてくれませんか?無理にとはいいませんけど…」

「してほしくないってわけではなくて、なんでそこまでしたいと思うかが疑問なんだが」


 してほしくないというわけではない、むしろご褒美まである。


だが、してもらってるだけというのが遙日にとって気の済まない、良くも悪くも義理堅いタイプの人間なのだ。


瑠奈は恩を感じさせようという気持ちでやっているのでは当然ないのだろうがしてもらったらなにかを返さなければと遙日は思ってしまう。


「それは、です…」

「内緒、かぁ…、一方的で申し訳が立たないんだけど…」

「私がしたいだけなので気にしなくていいですよ?」

「そうは言ってもなぁ…」


 渋る俺を説得するべく腕を組み、ほっぺたに人差し指を当てた天音さんはうーんと唸っていると思えば何かを思いついたのかあっ、と口を開いた。


「それなら学校で話しかけていいですか?」

「えっと、そんなことでいいのか?」

「うん。あと八ヶ月くらいは確実で同じクラスなんだし、バイトも同じだからもっと仲良くなりたいなと思いまして」

「それで納得してくれるなら俺もそれでいいよ」


まあ、それで天音さんが対等だと思うならそれでいいかとどこか人任せな遙日に瑠奈は少し不満そうな顔をしたが受け入れられた嬉しさの方が大きいらしく、すぐにふにゃけた顔になっていた。


別に今まで話しかけるなと言っていた訳でもないが、後日聞いた話によるとただ俺が話しかけるなオーラをむんむんと出していたそうだ。


今海外に出張中の父親にも中学校の授業参観の時に遙日はそんなんだから友達いないんだと言われたくらいだから相当のものだと思う。


「さて、話も片付いたところで耳かき続けますか?」

「いや、耳が悪くなるらしいからまた一ヶ月後にしてくれ」

「分かりました、イヤホンでASMRを聞いている方が耳悪くなりそうですけどね」

「うーん、どっちもどっちだと思うがこれからは一ヶ月の楽しみとしてASMRは少し控えることにするよ」

「それは嬉しい言葉ですね」


 なんて談笑をしながら二人協力して大して使われなかった器具の片付けに移った。




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ちなみに天音さんは毎日三時間ソフトシリコンの耳相手に練習してたらしいです。


あと遙日は片親です。

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