第6話 天音さんのお父さん
「またお越しくださ〜い」
「ご来店ありがとうございました」
出ていくお客さんに軽く頭を下げ、店内から姿が見えなくなるまで見送った後すぐに沙苗さんは「さて、」と次のお客さんの準備へと取り掛かる。
「今日はありがとうございました。何か手伝いましょうか?」
「大丈夫よ〜、気遣いありがとね」
まあ、立場上聞いてみたがバイト初日のやつに何か手伝いましょうかと言われてもって話か。
遙日の質問に答えた沙苗さんは片手間に準備を進めながら「それより遙日くん」と続ける。
「次のお客さんはもう見学しないで良いから、多分もう来てる瑠奈の方に行ってらっしゃい」
天音さんの呼び方に少し違和感があるのは多分気のせいだろう。
以前どう呼んでたかなんて俺には記憶にございませんし…。
…多分天音さんに家でめちゃくちゃ言われたんだろう。
「天音さんは今日接客入ってないんですか?」
「うん、今日は夫と一緒に売上計上やってもらってるの」
「あ、天音さんのお父さんが来ていらっしゃるんですか…」
「あら、不安かしら?」
「まあ少し…」
「大丈夫よきっと、多分」
「不安しかないんですけど…」
ふふふと笑う沙苗さんにここでバイトするならいずれ会うことになるから、と催促され遙日は促されるまま瑠奈のいる事務所の方へと向かって行った。
☆☆
「失礼します」
こんこんとドアをノックした遙日は緊張した顔を解そうと無理やり愛想笑いを浮かべて入室する。
するとそこには親子仲良く対面して作業している二人の姿があった。
「御坂くんお疲れ様です」
「おう、天音さんもお疲れ様」
どうやら今は普段学校で見る大人し天音さん形態らしい。
恐らくではあるが、今までの状況から察するに普段の生活ではお淑やかな性格であるが勝負事になるとおそらく気が強くなったり前のように無邪気になったりするのだと思う。
「初めまして、君が遙日くんだね」
そう声をかけてきたのは天音さんの対面に座っている男性、つまり天音さんの父親だ。
普段の天音さんにそっくりなおっとりとした雰囲気で、沙苗さんもそうだがさすがは天音さんの父親だと思えるような美形。
鼻筋が通りフェイスラインがシュッとしていて付けている細縁のメガネがとても似合っている人物である。
一目見た時の第一印象としてパッと浮かんできたのは威厳のある姿であるのにどこか優しさを感じられるというものだ。
細縁のメガネが似合うの羨ましいな…
「初めまして、天音さんのお父さん。ご存知かとは思いますが改めて御坂 遙日と申します」
「あぁ、ごめんね遙日くん自己紹介がまだだったね。私は天音
遙日が天音さんのお父さんと呼ぶのに少し違和感があったようにどうやら大貴さんもこの呼び方に違和感を覚えたらしい。
「ご丁寧にありがとうございます。名前が分からない状態で仕方なかったのですが、天音さんのお父さんって呼ぶの少しむず痒かったんですよね」
「だろうね」
あははと二人して笑い、少し緊張は解けたまではよかったが相変わらず少し引き攣ったような遙日の笑みは解けていなかった。
「大貴さんと呼ばせていただいてもいいですか?」
「もちろん。あとそんな無理な笑みを浮かべてないでもっと気軽に接してくれるとありがたい」
「すみません大貴さん、名前も知らなかったのでどう接したら良いかと思って」
「それもそうだ、それより蚊帳の外にいる瑠奈が可哀想だからそっちの相手もしてあげてくれないかな?」
ちらと視線を向けてみると最初の挨拶から放置されていることが少し気に障ったのか「むぅ」と言いながら鼻と唇の間にペンを挟んで不貞腐れているような目をしている天音さんがいた。
そんな長い間ではなかったと思うんだけどな…
「ごめん天音さん、最初の挨拶からすっかり存在を忘れてた」
「良いわよ別に、父さんと交流を深めておくことは大事だもの」
「良いわよっていう割には不貞腐れてそうな目をしてらっしゃる」
その指摘にぐぬぬと口元と眉をしかめる天音さん。
「もうっ、今日こそ骨抜きにしてあげますから前の場所で首を洗って待っててください」
ぽいと挟んでいたペンをペンたてに投げ入れると、大股で地面を強く踏みながら耳かきの準備をしに行った。
本人はどんどんと足音を荒げながら歩いているつもりだろうがぽすぽすというスリッパの音しか聞こえなくてそのギャップに少し笑ってしまう。
「ごめんね、遙日くん。いつもはもっとおしとやかで良い子なんだけど、負けず嫌いを拗らせるとああなっちゃうんだよね」
「いえ、自分がからかったのが悪いので大貴さんは謝らないでください」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「それでは耳かきモニターをしないと行けないので失礼しますね、大貴さん」
事務所から出ていこうと扉の前まで来たところ「遙日くん」と呼び止められ、振り向くことに。
「これからも瑠奈と仲良くしてあげてね」
「もちろんです、一応バイト仲間なので」
ペコリと一礼してから扉を開け、前回耳かきしてもらった部屋へと向かった。
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