第2話 見なかったことにします
それからあっという間に授業が終わり、放課後を迎えると教室内はやっと解放されたとでも言うかのようにクラスメイト達の喧騒に包まれる。
そんなガヤガヤした空気の中、天音さんは周りの友達と話すことなく、いの一番に教室を飛び出していった。
友達の少ない俺に言われても説得力は皆無だろうが、少しくらいは友達と交流をしておいた方が今後のためにも良いんじゃないかと要らぬ心配をしてしまう。
休み時間に天音さんの働く耳かき屋さんについて調べてみたのだが、人に直接触れるという仕事上どうしても衛生面への理解が必要になるらしく、特に接客前の手指の消毒はもちろんの事だがお客さんにリピートして貰いやすくするために見た目にも相当気を使ったり、内装をお客さん一人一人のイメージに整えたりと相当拘っていること、そして完全予約制であることがホームページには記載されていた。
そうなると急いで教室を出ていったのは俺のせいになるんだよな…、まあ実際は天音さんの負けず嫌いな性格のせいなんだが。
だが、俺のためにそこまで本気で拘って耳かきをしてくれるってなると要らぬ心配をしてしまうくらいの罪悪感ももってしまうものだ。
少し過去の話に遡るが昼休みが終わってからというもの、天音さんとの会話は一切無く、俺は昼間のことを少しだけ意識してしまいチラチラと天音さんの方を見ていたがそんな俺とは対称的で、まったく気に留めている様子もなかった。
昼間の1件はなかったんじゃないかって程に何も無かった。
なんてそんな事を考えているとスマホが振動する。
俺はスマホをポケットから取りだし、通知の内容を確認するとどうやらメッセージが届いたらしく、その送り主は天音さんからだった。
内容はというと
『今日、17時30分ここの店舗にて集合。来なければ御坂くんのイヤホンの命は無い。』
と言ったもので、そんなメッセージの最後にデフォルメされた白うさぎが天敵であるキツネの首を絞めているというなんとも残酷なスタンプが付随して送られてきていた。
どうやら天音さんへのイメージを改めなければとスタンプを見た遙日は身の危険を感じ、そう静かに決意した。
そういえばイヤホン返してもらってなかったな、すっかり忘れてた。
瑠奈に指摘されて初めてイヤホンを返してもらっていなかったことに遙日は気付く。
バイトもしていない俺みたいな貧乏高校生に予備のイヤホンなどあるわけもなく、わざわざ買いに行くお金も当然無い。イヤホンを人質に取られたことで放課後バックれるという選択肢も消えてしまった。
もとよりそんな気はさらさらなかったが。
安いのを買えばいいじゃないかと言われるかもしれないが、質のいいASMRは質のいいイヤホンで聞いていたい。そうすることが相手への最低限のリスペクトになると俺は考えているからである。
ちなみになんで天音さんが俺のアカウントを知っているか説明しておくとクラスのグループチャットから追加したらしい。
そうこうしているうちにスマホの時計は17時という移動するのにちょうど良い時間を示していたため、俺は通学用バックに教科書など諸々を詰め込み教室を後にする。
☆☆
「すみません、誰かいらっしゃいますか?」
俺は天音さんのバイト先である『耳かき専門店ごくらく』へと入店していた。
ホームページで見た通り店の雰囲気作りには確かに力が入っているようで、外観は小洒落た感じだが中に入るとまるで旅館のような和風の内装をしており、照明も落ち着いた温かみのある光で満ちている。
「はーい、少々お待ちください。」
そんな声が聞こえると、奥の方から誰かの気配が近づく足音が聞こえて来る。
「いらっしゃいませ。あなたがるーちゃんの言っていたお客さんかな?」
程なくして奥から現れた人物は、大人なお姉さんという表現を体現化したような落ち着いた雰囲気をまとっていて、天音さんにそっくりな顔立ちだった。
「あ、はじめまして。御坂 遙日と申します。」
「丁寧にどうも~。私は天音
とぺこりと頭を下げる天音さんのお母さん。
「お世話になってますというか、今日初めて話したんですけどね。」
「あらそうなの、?私にはよく──────「ちょっとママ!!それ以上は言わないで!」
何事かと天音母の後ろへと目を向けるとそこには和服の着物を身に纏った天音さんの姿があった。
「ほらほら、ママは奥に行ってて!私のお客さんなんだから!」
「もぅ、そんなに押さないでるーちゃん」
「御坂くんがいるんだからそんな名前で呼ばないでよ!」
「はいはいごめんなさいね〜…。」
天音さんはぐいぐいと母の背中を押すようにしてようにして裏の方へ行くように誘導し、しっかり裏の部屋へと入ったのを確認してから俺の方へ向き直す。
「今のは聞かなかったことにしなさい。」
「いや、でも…」
「今のは聞かなかったことにしなさい。い・い・わ・ね?」
1度否定しようとしたが鋭い目つきをした天音さんの顔がぐいっと近づいて来たので俺は頷かざるを得なかった。
「わ、分かりました…」
「分かったならよろしい。それじゃあ早速案内するから着いてきて。」
そういえば天音さんのお母さんは何を言いかけたんだろうか…?
そんなことを考えながら遙日は促されるままに瑠奈のすぐ後を追うように奥へと進んで行った。
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