(4)巧打者
(真田学院の四番……右打者で、ホームランこそ少ないが確実に当ててきてヒットを量産するタイプだ。インコース攻めは厳しいぞ、新堂)
キャッチャーマスクを被り直しながら、高山はサインを送る。
(今度こそ初球はアウトローだ。上下に揺さぶるぞ)
しかし、新堂は首を横に振った。高山は内心ため息をつき、(じゃあ、これか?)と別のサインを送る。新堂はうなずき返したが、その口元がかすかに笑っているように見えた。
(なんて奴だ)高山も苦笑しながら、ミットを構える。
<さあ、ワンナウト満塁、依然としてピンチの続く藤林高校。真田学院の主砲・霧隠君相手に、どのような投球を見せてくれるのでしょうか? ……バッテリー、サインが決まったようです。ピッチャー振りかぶって、第一球、投げました!>
「ファール!」
球審の声が響き、客席からはどよめきが漏れる。新堂が放ったのは、渾身のストレート。ただし狙ったのはインコース、しかもストライクゾーンの上端ギリギリのインハイだった。並みの打者なら見逃すか、下手に手を出して詰まらせるかというところだったが……。
(こいつ……)高山はひそかに戦慄した。真田学院の四番は、こちらの完璧なインハイを、完璧なスイングで当ててきた。幸い、バットに当たった打球は真後ろに――バックネットに飛んで突き刺さったが、これは打球を捉えるタイミングが完全に合っていたことを意味する。
「いいストレートだ」
自軍ベンチに視線を送りつつ、霧隠は良く通る声で称賛した。「体に余分な力を入れずに、リリースの時だけ指先に力を入れる。手元で伸びる、理想的な
「……そいつはどうも」
高山はそれだけ言い返すのが精一杯だった。もし伸びが足りず、通常の直球と同じように重力に任せて落ちていれば、完全にセンター前に運ばれてサヨナラ負けを喫していただだろう。
(いいか新堂、次は一球外すぞ。アウトコースに変化球……カーブだ)
高山は睨みつけるようにマウンド上の新堂を見、サインを送る。タイミングを完全に合わせられている以上、まずはコースと球速を変えることを第一に考えなければならない。
新堂は躊躇うことなくうなずいた。しかしうなずきつつも、さりげなく右手で耳を掻く仕草をする。
(カーブはカーブでも、インコース膝元?)
高山はサインを読み取り、新堂にうなずき返した。高山はここでアウトコースに遅い球を投げ、三球目にインコース膝元へ速球、そして四球目にアウトローへの変化球で仕留めるつもりだった。しかし新堂の考えるとおり、ここでインローに変化球を放っておいて次に外角速球でストライクを取り、最後に新堂が得意とする内角攻めで仕留めるのも悪くない。新堂はミットを構えた。
<二球目は低めのカーブ! 膝元、わずかに下に外れてボール。これでワンボール・ワンストライクです! バッターの霧隠君は落ち着いた表情! 高校生とは思えない大人びた顔つきです!>
(……?)
ボールを新堂に投げ返しながら、高山は違和感を覚えていた。第二球は完全にこちらの意図どおりに決まった。それはいい。問題は、バッターの霧隠が何の反応も示していないことだった。二球目を外すと予想することは比較的容易だろう。だがそれにしても、この状況でストライクゾーンぎりぎりのボールに完全無反応というのには、どこか釈然としないものを感じる。ちらりと霧隠の顔を見上げるが、何の表情も読み取れなかった。
(まさか……な)
ある考えが高山の脳裏をかすめたが、首を振ってその可能性を退けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます