(3)強打者
<さあ、プレー再開です! 藤林高校の抑えの切り札・新堂君に、チームメイトはどんな言葉をかけたのでしょうか? この場面でマウンドを任された一年生の新堂君、さすがに緊張している様子ですが、練習投球のフォームに固さはありません。対する真田学院のバッターは、七回でホームランを放った左の強打者・三好君! 七回に入ってから身長が急に十センチくらい伸びたような気がしますが、きっと気のせいでしょう。左バッターボックスに入り、真っすぐ新堂君を見つめます!>
(分かっているな?)サインを送りながら、高山は目で新堂に問いかけた。(セオリーどおり、ここは外角低めだ)
しかし、新堂は首を横に振った。そして、彼の方から高山にサインを返す。
(……インハイ? しかも……)
高山は思わず声が出そうになったが、その代わりに新堂の顔を凝視した。そして気づいた。今マウンドに立っているのは、緊張と不安に苛まれる未熟な少年ではなく、一打サヨナラという状況を愉しんでさえいる、立派な
(分かった、分かったよ。お前はそういう奴だったよな)
高山はうなずき、キャッチャーミットを構えた。
<さあ、藤林高校バッテリー、サインが決まったようです。新堂投手、振りかぶって第一球……投げました! 変化球、シュートが内角高めに決まった! 胸元を抉るフロントドアでストライク!>
「おいおい、なんつー球投げんだよ。あの場面ならまずはアウトローだろ? それをインハイ、しかもデッドボール寸前の軌道から曲げてストライクゾーンに入れるフロントドアとか、この状況でやるかフツー?」
二塁のベース上で、真田学院のランナー・猿飛が目を見張ってつぶやいた。二塁手の小泉が、警戒しつつも応じる。
「あいつにはセオリーなんてもんは通用しないよ」
「へえ?」猿飛の目が細められた。「そいつはまた面白い奴だね。一年生だって?」
「そ。うちの秘密兵器」
小泉は軽い調子で応じた。自慢でもなく、事実を言っているだけだという感じで。
「じゃ、次は何をどこに投げるかな?」
猿飛も、
「さあね。俺なんかが分かる訳がないよ」
<さあ、サイン交換が終わりました。一息入れて、第二球…………投げました! 今度もインコース、バッター振って当たりました……が、右に切れてファール! 新堂君、百三十五キロの真っすぐ! 三好君は振り遅れました! これでカウントはノーボール・ツーストライク。バッター、追い込まれました!>
「……二球連続でインコース高め。ただし最初は変化球、次は速球ストレートか。自分の制球に絶対の自信があると見た」
一塁塁上の走者・根津が、低く唸った。一塁を守る高羽は、対戦相手と話してよいものか逡巡したが、一応の礼儀として言葉少なに応じた。
「まあ、うちの秘密兵器ですから」
「不覚。我らの調査が足らなんだか。だがあの投手、一イニング持つまい」
げっという悲鳴を、高羽はかろうじて呑み込んだ。根津は横目でそんな高羽を見、口元を片方つり上げた。
「もし一イニング任せられるなら、抑えのエースとしてもっと起用しているはずだ。貴殿らは彼をリリーフに使わなかったのではない。使えなかったのだな」
推定というより断定だった。高羽は、相手が忍者だと確信した。
<さあ、一気に勝負しにいくのか、それとも一球外すのか? ピッチャー新堂君、振りかぶって…………第三球、投げたっ! 外角高め、外に外れてボール。バッター三好君、よく見ました! これでカウントはワンボール・ツーストライク。ここからどう投げるのか新堂君……サインはすぐに決まったようです。ちらっと二塁を振り返ってから四球目、投げた!>
「ストライーク、スリー!」
球審が右手を突き上げ、アウトを宣告した。バッターの三好は、空を切ったバットの先を呆然と見つめている。満員の観客席から、怒号叫喚が巻き起こる。
「ワンナウト! この調子だ!」
三振に打ち取ったボールを新堂に投げ返しながら、高山はチームメイトに叫んだ。
「見事」
三塁では、ランナーの望月がベースに足を乗せながら讃嘆の言葉をつぶやいた。三塁手の中林が、どうだという感じで応じる。
「へっ、これがウチの秘密兵器よ! ああいう背の高いバッターってのは腕も長げえからな。ヘタにアウトローなんて投げたら、腕伸ばしたところでガッツリ捉えられちまう。だから三球目は、アウトコースでも高めに投げたんだ……もし打たれても、腕伸ばしきれてねえから詰まるって寸法だ。もっともそちらさんのデカいのは、ボールだって見抜いて振らなかったけどな」
「三好は選球眼に長けておる。なれど背の高い左打者は、利き目の関係上、膝元の選球は甘くなる」望月が冷静に分析した。「それを見抜いたが故に、四球目は内角低めに落ちるボールを投じたか」
「そういうことだ。あの新堂って一年坊主、ナメない方がいいぜ」
「肝に銘じておく」望月は素直にうなずいた。「だが、こちらの次の打者も軽く見ぬことだな」
そう言って望月は、目で次のバッターを指し示した。中林が追った視線の先では、真田学院最大の巧打者・四番の霧隠が、右バッターボックスに入るところだった。
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