第32話 これはきっかけにすぎない
「それを天上院くんのお父さんが見たってことだよね? 事件を解決したってことは」
「えぇ。メッセージを読んでくれるとは正直なところ、思っていませんでした。忙しい時期だと一週間も既読がつかないなんてよくあることなので」
由香奈の問いに時久はそう答える。子供の考えついたことを信じてくれるとも思わなかったのは事実だ。探偵まがいなことをして、くだらないと一蹴されてしまうのではないか。時久はだから「信じるかは任せる」とメッセージに添えたのだ。
偶然だと言われてしまえばそれで終わりだ。ドラマや小説のようなことが現実であるとは限らない。そう指摘されて、余計なことをするなと叱られるだけだと時久は覚悟していた。
「けれど、父は私を信じてくれた」
息子からのメッセージはたまにしか来ないので少し気になったという理由で確認をしたらしい。一週間も既読がつかない時に妻から「息子からのメッセージなのよ」と、叱られたのを思い出したというのもあったとか。
そこに時久の推理と一致する犯行現場とてんびん座の星座線、規則性のある犯行日時に可能性が無いとは判断できないと、部下であり事件を担当していた東郷に指示を出した。
結果、時久の推理通り通り魔犯は現れて無事に確保されたという。犯行理由は詳しくは公表されていない。何故、てんびん座の星座線の通りにしたのか、犯行日時の 規則性も。
「えー! どうしてそんなことしたのか気になるんだけど!」
「公表されていないことですので私からは何も言えませんね。父も捜査内容は教えてくれませんでしたから」
「解決したの、天上院くんなのに?!」
「私が勝手にやったことですし」
事件に関わったわけではない。ただ、勝手にニュースなどで公表されている情報を元に考えただけだ。解決したからと言って全てを教えてくれるわけではない。
そう時久に言われて由香奈は「納得できないなぁ」と不満げな表情を見せる。模倣犯が出るのを防ぐために一部の情報を公表しないというのはよくあることだ。とは説明するも、彼女はむぅっと口を尖らせる。
「お父さんに聞いたりしなかったの?」
「一応、聞きましたよ」
「なんて返ってきたの?」
「
歪んだ考えで理性の枷が外れて、行動してしまう。そんな
時久はそれを聞いて受け入れられない考え方を持つ人間がいるのだと実感した。空想の中だけの存在ではないのだと。
「えっと、愉快犯とか、無差別殺人犯とかってやつ?」
「私はそう捉えました」
「で、その通り魔犯を捕まえる情報を提供したってことで、時久くんのお父さんが報告したちゃったんだよねぇ」
飛鷹の言葉に時久は「そうなんですよねぇ」と溜息を吐く。時久自身は父の手柄にしてもらって構わなかった。信じて行動に移したのは父であるのだから、手柄として受け取るのは当然ではないだろうかと。
けれど、そうはしなかった。情報提供があったこと、それが自分の息子であることを報告したのだ。なんでそうしたのだと時久は父に聞いた時、彼は「報告するのは当然だろう」と返された。
警察に勤めている以上、虚偽や捏造などは許されない。情報提供がされたというのにそれを隠すこともだ。そう答えられては時久は何も言い返せなかった、その通りだから。
「表彰とかされたの!」
「いえ、それはなかったです。一応、殺人未遂事件でもあるので情報提供者の身の安全のためにも公表はされませんでした」
「あ、そうか。そうだよね。で、この事件がきっかけで協力するようになったの?」
「これはきっかけにすぎないですね」
そう、これはきっかけにすぎない。時久は自分が情報を提供することで事件が解決したからといって、同じことを何度もしようとは思わなかった。
事件に首を突っ込むことがどれほど危険なことなのか、この年齢になって分からないわけではない。父にも「危険なことはしないように」と注意されているのだ。
自分が事件を解決するのはこれが最後だろう。早々、関わることなどないのだからと時久は軽く考えていた。
「でも、関わることになったんだ」
「何と言いますか……。恭一郎さんに関わるようになってから、事件に巻き込まれるようになった気がしますよ」
「え、そうなの?」
由香奈が首を傾げると飛鷹が「確か、次の事件って東郷警部と初めて会った時から少し経ったぐらいだったよね」と、思い出したように呟く。
どういうことだと聞きたい様子で由香奈に見つめられて、時久は「通り魔事件から少し経った時の事ですよ」と話した。
「父がお前に会ってみたいと言われてと、恭一郎さんを紹介されました」
連続通り魔事件を解決に導いた情報提供者が上司の息子だと知った東郷は、会ってみたいと話をしていたらしい。こんな高校生に会って何がしたいのやらと、時久は理解できなかったけれど父の顔を立てるために挨拶だけしたのだ。
爽やかな若い男性だなといった印象でこれといって興味はなかった。適当に話をして解散した時久はもう会うこともないだろと思っていた、その時は。
「とあるカフェで事件に遭遇しましてね。それを担当したのが恭一郎さんでした」
「その事件も解決したの!」
「……まぁ」
「それから時久くんって事件に巻き込まれだして、解決してしまうからいつの間にか東郷警部とコンビみたいになったんだよねぇ」
運命の悪戯なのか、ドラマや小説のように事件に巻き込まれるようになった。どれも自分から首を突っ込んだことはないというのに。
二度、三度と巻き込まれてしまえば、東郷警部と知った顔になる。その全てを自分が解決する情報を提供してしまったとなると、以降からは彼からお呼びがかかるようになった。
一度や二度ならば偶然だと片付けられてしまうのだが、三度、四度と続けば実績となっていく。そうして時久は信頼を勝ち取ってしまった、求めてもいないのに。
高校一年生でどれだけの事件に巻き込まれてしまい、解決する情報を提供していったのか。時久はもう数えるのをやめてしまっている。
「なんというか、きっかけを作ったのは自分自身なんですよね……」
なんであの時に探偵もどきなことをしてしまったのだろうか。でも、あの時の苛立ちをどうにかしたかったのだから仕方ない。それに気づいてしまったことが、事件解決の一手になるかもしれないとなったら、黙っていられる人間ではなかった。
とはいえ、事件に巻き込まれてしまうのは納得ができない。神様がいるならば遊び過ぎていないかと突っ込みたいほどだ。時久は不本意ながら築いてしまった信頼を無碍にはできず、こうして協力している。
「事件ってやっぱり、殺人事件が多いの?」
「それ以外にもあるにはありますが……まぁ、殺人事件が多いですね」
「一年で関わった事件の中で印象に残っているのってあったりする?」
「印象とは?」
「えっと、例えば……そんな理由で殺人を犯したのか、とか?」
泥沼な復讐劇とか、愛憎劇とかと由香奈は例を挙げていく。時久は何かあっただろうかと高校一年生の時に関わった事件を思い出してみる。
いろいろな理由はあったけれど、いくつか印象に残っているのはあるなと時久は「ありますね」と答えて、しまったと気づく。由香奈がそれはもう興味津々で見つめていた。
「天上院くーん」
「もう話したからいいでしょう」
「あと一つ! あと一つだけ!」
これで最後だからと由香奈はお願いと手を合わせる。飛鷹は「こうなったら引かないよ」と笑っていた。笑い事ではないのだけれどと、時久は突っ込みたかったが、きらきらした瞳から逃げられそうにない。
仕方ないなと時久はスマートフォンで時間を確認する。昼休みが終わるまでまだ三十分以上はあった。短い話一つであれば問題ない時間だ。
「あと一つだけならば」
そう言って時久はとある事件を話すことにした。
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