第31話 連続通り魔事件


 小ホールの舞台の中心、スポットライトを点けて時久たちは座り込む。別に客席でもよかったのだが、由香奈が「舞台の上なら出入り口が見えやすいから誰か来た時にすぐに対応できる!」と言うものだから、舞台に上がることになった。


 確かにこの位置からならば出入り口が見やすい。それに大きな声で話すわけではないので、遠くからでは聞き取りづらい位置だ。


 舞台の中心で囲むように座れば、由香奈はわくわくを隠す気もない様子を見せていた。それに飛鷹が「落ち着きなよ、ゆかっち」と突っ込んでいる。



「だって、だって! 早々、聞ける話じゃないでしょ!」


「それはそうかもだけどさぁ」


「わたしのことはいいのよ! さぁさぁ! 天上院くん、話して!」


「話すといっても本当に大したことではないのですけどね」



 そんな時久の返しを由香奈は聞いているのか、いないのか。話を楽しみにしている様子だ。これはもう語ってしまったほうが伝わるなと、時久は察して「では」と口を開く。


 これは一つのきっかけにすぎない。自分が初めて事件を解決に導いた時の出来事だ。


   ***


 時久が高校に入学した頃、四月上旬にとある事件がニュース番組で報道されていた。それはここ最近、通り魔が出没しているというものだ。


 その事件は区を跨いで起こっているため、関連性があるのか捜査がされているといった内容だ。連日、というわけではなくて日を跨いでいるのだが、同一人物によるは犯行ではないかとニュース番組では、ニュースキャスターを含めて専門家たちと討論していた。


 朝のニュース番組を時久は自宅のリビングルームでソファに座りながら観る。特に興味があったわけではない。ただ、この事件に父が関わっているのだろうと思いながら。


 入学式の日、本当ならば母だけでなく父も参列するはずだった。けれど、新たな事件によって、父は不参加となったのだ。


(きっと、この事件でしょうね)


 時久は慣れていた。幼い頃から父が仕事で行事に参加できないなどよくあったので、高校生にもなれば「またか」といったふうに気にしなくなってしまう。


 幼稚園や小学校に通っている時は不満を抱いたこともあるが、それも高学年になればそういうものなのだと受け入れてしまった。


 父の仕事に対して時久は文句はないので、とやかく言うつもりはない。けれど、たまにはゆっくり休んでもいいとは思う。



「え? そうなの……。うん、分かったわ。気を付けてね……」



 ダイニングキッチンのほうから母の残念そうな声が聞こえてきた。ソファから立ち上がってダイニングテーブルに腰を下ろしながら、時久が「どうしましたか」と母に声をかける。


 母、瑠璃は「大した事じゃないのよ」と笑みを作る。けれど、残念といった表情は隠しきれていなかった。



「もうすぐ、結婚記念日なんだけどね。しっかりとしたお祝いはできなくても、せめて食事には行こうかって話をしていたの。でも、仕事がね……」



 今年こそは祝えるかなと思ったのにな。母はぽつりとそう呟いた。両親の仲は良くて、母は特に父の事を慕っているのを息子である時久は見てきている。


 あまり休みの取れない父に文句を言うこともなく、妻として家庭を守ってきていた。仕事だと理解しているとはいえ、やはり残念に思ってしまうようだ。


 電話の切れたスマートフォンの画面を寂しげに眺める姿に時久は言葉をかけることができなかった。


 はぁと溜息を零して朝食の後片付けを始める母を横目に時久はスマートフォンを取り出す。地図アプリを起動させてから暫し眺める。


(事件が起こった場所は……)


 時久は通り魔事件が起こったと報道があった場所をマッピングしていく。なんで、そんなことをし始めたのか。それは父への苛立ちからだった。


 仕事は理解しているけれど、自分の事を慕っている妻のことも考えられないのかと思ってしまって。もちろん、父が蔑ろにしているわけはないことぐらいは分かっている。でも、あの母の寂しげな表情を見ては苛立たないほうが無理な話だ。


 高校生とはいえ、まだ子供である自分にできることがあるとは思わない。警察の捜査能力に自分のような存在が敵うわけがないことだって。それでも、この苛立ちをどうにかしたくて、探偵の真似事のようなことをしてしまった。


 マッピングを終えてから今度は事件の発生時刻を調べる。それらをテーブルに置かれていたメモ紙に書いていく。


 最初の事件は四月一日の夕方十八時過ぎ。二度目は四月三日の夜十九時、三度目は四月六日の夜二十時、四度目は四月十日の夜二十一時。


(そして、五度目は四月十五日の二十二時……)


 時久はなんとなく、この事件発生時の日時が気になった。何故だか、綺麗だと感じたからだ。なんだろうか、この感覚はと考えてみる。


(時間が一時間ずつ進んでいる?)


 まず気になったのは時間だ。最初の事件以降から一時間ずつ進んでいる。偶然にしては五度目までこうも綺麗に進められるだろうか。


(狙ってやっているとしたら、他にもあるかもしれない)


 時久はそう考えてからまた日時を確認する、時間以外に何か気になる箇所はないか。


(四月一日……四月三日……四月六日……四月十日……うん?)


 あっと、時久は何故、綺麗だと感じたのかに気づく、それは日にちにあった。事件発生日時が数字の数え方で増えていっているのだ。


 四月一日を一と数える。一の次は二となるので、その二日後である四月三日に事件が起きる。二の次は三、その三日後である四月六日と、数字を数えるように事件が発生していた。


(これだけでは事件解決まではいかないか……)


 この規則性に警察も気づいている可能性がある。少なくとも、事件発生時刻には気づいているはずだ。


 もし、次に事件が起こるならば、六日後の四月二十一日の二十三時。二十三時という時間帯は人通りが少ないのではと、時久はマッピングした地図を確認する。


(もしかして、事件の起こった場所にも何か規則的なものがあるのだろうか)


 発生した場所にこれといった特徴はないように感じる。住宅地に近かったり、繁華街だったり、これといって規則性は見当たらない。


 けれど、何かあるはずだと時久は思った。日時に拘っているのを見ると、場所にもこだわりはあるはずだ。場所を検索してみたり、してみるが特に関連性はない。


 暫く頭を悩ませてみるが何も浮かばず。時久はそう簡単にはいかないかと、マッピングされた全ての場所を見れるように地図を縮小した。ぼんやりとそれを眺めてから、なんとなしに線で結んでみる。


(一つ目現場から真っ直ぐ行って二つ目、そこから右斜め下に伸びて三つ目、その右斜め上に四つ目。四つ目から少し左斜め下に五つ目……)


 結んだ線をじっと観察してみる。何かこの線に似ているものはないだろうかと、画像検索をしてみた。どれもパッとしないものばかりでこれは駄目かもしれないなと、時久が別の方面で考えようとした時だ。



『今日の星座占いは――』



 朝のニュース番組の終わり、星座占いランキングが耳に入る。ニュースが終わる時間まで考え込んでいたのかと、テレビを見れば星座占いが画面に流れている。


 このニュース番組では星座線まで表示されていて少しだけ凝っていた。流れていく星座線を見て――勢いよく立ち上がる。


 時久は素早く検索し、ある星座線と事件発生場所を線で繋いだ地図を見比べた。



「次に犯行があるのは此処だ」



 時久は線の引かれた地図と星座線をメッセージアプリで父に送る。


『次の犯行は四月二十一日二十三時、場所はてんびん座の星座線、βズベン・エス・カマリの位置――駅周辺です』


 信じるかどうかは父に任せます。そう添えて。



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