第25話 こうして素人は舞台から降ろされた


「できますよね、中部陽菜乃さん」



 名前を呼ばれてびくりと陽菜乃は肩を震わせる。けれど、その瞳を時久から逸らすことはなかった。



「事件当日に小道具置き場の鍵を持っていたのも、鍵を巡るミステリーものにしようと次回作を提案したのも貴女ですよね?」



 時久の言葉に彼女は何も言わず黙ったままで、否定も肯定もしない様子は冷静に見えた。そうですよねと時久が由香奈を見遣れば、彼女は頷いてから「鍵を使ったミステリーにしようって言いだしたのは陽菜乃さんからだった」と証言した。


 ミステリーものが良いのではないかと話題に出したのも、鍵を使ったものにしようと言ったのも彼女だと。由香奈に言われて陽菜乃はゆっくりと瞬きをする。



「この小道具の鍵は鍵屋を営む祖父が使わなくなったものだと提供してくれたものだと、貴女は言っていましたよね?」



 そう指摘されて陽菜乃は顔を顰めた。それでも何も言わない彼女に時久は次に起こった半沢美波の殺害のことを話し始める。


 美波は旧校舎と本校舎を繋ぐ渡り廊下の側の階段下で死亡していた。頭部と額を石の置物で殴られたうえで階段から突き飛ばされている。



「彼女は精神が不安定でしたが、自分が疑われていることを訂正することに固執してました。なので、〝もしかしら疑いを晴らせるかもしれない〟と誘えば、彼女なら誘導できたでしょう」



 時久たちが前島と話をしているのを盗み聞きして、泣き叫びながらも主張していたのだから、自身の疑いを晴らしたいのは見て取れる。


 殺されてしまった彼女はボタンを握り締めていた。それは裕二のブレザー制服のもので、それが決め手となり彼は連行されてしまう。



「貴女ですよね、最後に彼の制服に触れたのは」



 朝練の時に裕二はブレザーを小ホールに忘れている。それを見つけて小道具置き場にあったハンガーラックにかけた。そう言ったのは陽菜乃本人だ。



「その僅かな時間ならボタンを取るのぐらい簡単ですね」


「でも、それ本人が気づいたらどうするんだよ」



 斗真の指摘に「それも想定内だったのではないですか」と時久は指摘する。仮に気づかれようとも別の方法を使えばいいと。



「元々、平原さんを犯人に仕立て上げるために白鳥先輩の死体を工作したのですから」


「どういうこと?」



 飛鷹の問いに時久は「気づかせたかったんですよ」と答える。


 殺人であることを気づかせて、次に殺す美波と関連付けさせるために。白鳥葵と半沢美波は平原裕二を巡って争っていた。そこで裕二のものを美波が握っていれば、自然と関連付けてしまう。


 多少、動機が弱くとも状況証拠が出ていれば事情を聞かねばならない。そうして犯人であるのではと周囲に思わせるためにやったことだと。



「まぁ、これもあくまで推測なので外れているかもしれませんけど。でも、平原さんが連行されたことは広まったでしょう?」



 確かに学校では噂が広まっていた。あれやこれやと尾ひれがついていたが、もしかしたら犯人なのではと思った生徒は中にはいるだろう。平原裕二という人間に味方をする生徒たちはいなくなっていたのだ。



「現状が全て〝部員〟に容疑が向けられているのですよ。わざとらしく。例え、彼が捕まらなくとも信用を落とせればよかった。違いますか?」



 皆が皆、陽菜乃に目を向ける。全ての視線を受けて彼女は目を細めると大笑という言葉が似合うように笑い始めた。


 けれど、時久は冷静だった。じっと陽菜乃を見つめていると、彼女はすっと表情を無くす。



「そうだけど?」



 陽菜乃は否定も言い訳もせずに淡々とした声音で罪を認め、そのあまりの態度にしんと静まる。



「ど、どうして……そんなことをしたんだ、中部」



 信じたくはないと言ったふうに問う前島に陽菜乃は冷ややかな眼差しを向ける。


 陽菜乃はゆっくりと一歩、一歩、前に歩き出す。それを止めに入ろうとする岩谷を東郷は止めた。刺激を与えてはいけないと言うように。


 さっと小道具置き場の入り口を封鎖されて、陽菜乃にはもう逃げ場はなかった。少し前に出てから彼女はまた笑う。



「どうしてって? どうしてって? あなたが言ってしまうの?」



 ぎろりと睨むように見つめられて前島は押し黙る。


 誰もが陽菜乃から目が離せない。動揺や困惑、警戒などさまざまな視線を受け止めながら陽菜乃は声を張り上げた。



「全部、全部、あいつらが悪いんだ!」



 何もかも、あいつらが悪いと怒りを露わにする陽菜乃に時久は「間違っていたら申し訳ないですが」と前置きをしてから言う。



「犯行理由は滝川未来ではないですか?」



 時久の言葉に前島はびくりと震え、裕二は目を瞬かせる。由香奈はまさかといったふうに口元を手で覆い、斗真は黙ったまま陽菜乃を見つめていた。


 時久は「白鳥先輩の話になると必ず彼女の名が上がるので」と、滝川未来の名前を出せば、陽菜乃は「気安く呼ぶな!」と怒鳴る、睨みながら。



「誰も未来の名を呼ぶな!」



 お前らが呼んでいい名前じゃないと陽菜乃は怒りを露わにした。それだけで犯行理由が滝川未来に関連することであるのだというのは誰もが分かることだ。



「あいつらが殺したのよ!」


「しかし、滝川は自殺で……」


「そうね! 自殺よ! でも死に追いやったのはあいつらよ!」



 陽菜乃は憎々しげに裕二を見つめているその視線を浴びて彼は恐怖で一歩、下がってしまう。



「君は知っているのか、滝川が死んだ理由を……」


「えぇ、知っているわ。だって彼女はわたしにだけは全てを話してくれたもの」



 未来が人前で遺書を残したとしても、本当のことを書かないことは分かっていたと陽菜乃は少しばかり瞳を揺らす。


 本当の遺書を持っているのはわたしだけ。陽菜乃はまた笑う、それはなんとも悲しげなものだった。



「教えてくれ、どうして……」


「あんたも悪いのよ! 何が、何が教えてくれよ! 今更、後悔しても遅いのよ!」



 もう全てが遅すぎる。今更、彼女のこと気にするだなんて吐き気がする。陽菜乃は睨みながら吐く、ふざけるなと。



「何も話してはくれないのですか?」



 時久の冷静な言葉に陽菜乃は「何? 知りたいの?」と苛立ったように返す。



「少なくとも、前島先生は知っていてもよいのではないですか? 彼にも関係があるのでしょう?」


「……そうね、そうだわ。あんたも悪いのだから死ぬまで苦しんでもらわなきゃいけないんだったわ」



 陽菜乃はそうよと頷いてから「未来からの遺言を教えてあげるわ」と語り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る