第14話 ミステリー小説のようにはいかない


 昇降口へと向かう最中、廊下ですれ違う生徒たちの中にはひそひそと声を潜めて事件の話をしている者もいる。


 耳をすませばさまざまな憶測や噂が飛び交っていて、中には犯人を決めつけるようなものもあった。



「あれでしょ、半沢さんでしょ」


「喧嘩してたってわたしも聞いたことある」


「こっわー……」



 案の定と言ったらよいのか、美波を犯人だと言っている生徒もいて時久は噂というのはすぐに広まるものだなと実感する。


 まだ決まったわけでもないというのにそれを風潮するはどうなのだろうか。そう思うけれど、人は詮索を止めることができない。それは殺人犯が近くにいるかもしれないという恐怖や不安があるからだろう。


 身近に潜んでいるかもしれないと想像すれば誰だって怖いと感じ、誰なんだと捜してしまうのは仕方ないことだ。その心理を否定することはないけれど、噂されている本人が聞こえるだろう場所で話すのはいかがなものかと思わずにはいられない。


 それは時久だけでなく、飛鷹も同じだったようであまり良い顔はしていなかった。きっと、美波の様子を間近で見て叫びを聞いているからだ。注意をしたところでやめはしないというのはその雰囲気で察しているようだ。


 靴を履き替えて時久は学校を出ると講堂のほうへ歩いていけば扉前に警察官が立っていた。一般の生徒ならば追い払われるだろうけれど、時久は警官に「東郷刑事はまだいますか?」と話しかける。


 警官はなんだと時久を見遣るも、自身の名を名乗ってもう一度、問えば話を聞いていたらしく、「今、丁度きていますよ」と扉を開けて東郷の名を呼ぶ。


 駆け寄ってきた東郷は時久を見てから「そろそろ来るかなと思っていた」と人良さそうな笑みを見せていた。



「何か分かったことはあるかい?」


「分かったことは少ないです。少なくとも犯人は何かしらの恨みを持って行ったことなのでしょう」



 計画的に殺人を犯したということは、相手に対して恨みを憎しみを持っているのは確かだ。ただ、時久にはそれが歪でへし曲がっているように感じた。



「前島先生に話を聞いたのですが、やはり鍵は二つだけ。彼自身も白鳥先輩の問題行動には気づいていました」


「話には聞いている。自分のせいかもしれないと後悔している様子だったと」


「話を聞けば聞くほど、白鳥先輩の悪い面ばかりが目立つんですよね」



 誰に聞こうとも葵の問題行動を知っているし、彼女がいかに面倒な人間であるのかを教えてくれる。それが本当のことであるのは事実なのだろうけれど、それが何だか気になった。


 それはまるで犯人を遠ざけるような感覚を時久は抱いた。葵の悪い面に隠れるように。



「半沢さん、かなり精神が追い込まれています」


「どれほどだろうか?」


「泣き叫んで誰の話も聞かない程度です」



 時久の返事に東郷はなんとも言えないといった表情を見せる。彼からすれば容疑者の一人なので、事情を何度か聞きたい相手だ。その彼女の精神が不安定となると会話はできないだろうことは想像できる。


 東郷は「話は無理か」と分かっていながら聞いてきたので、時久は「無理でしょうね」と即答した。



「私も会話を試みましたが、無理でした。誰も信じてくれないと嘆いていたので。ただ、彼女自身も白鳥先輩には良い印象がなく、両者ともに嫌い合っていたのは確かです」



 時久は美波の口から出された言葉を東郷に話す。これ以上は聞き出せませんでしたよと言うように。東郷は難しげに眉を寄せてながら腕を組んでいた。



「こちらでは半沢美波が最有力として上がっているんだ」


「でしょうね。動機が明確にありますから」


「ちょっと! まだ犯人って決まってないじゃん!」



 東郷の言葉に飛鷹が反応してそれはどうなのかと声を上げれば、「これは仕方ないんだよ」と返された。


 証拠はまだ上がっていなくとも、動機やアリバイで犯人を絞っていくのは普通のことなのだ。文句を言われてもそうなっているとしか答えることができない。



「まだ決まったわけじゃないんだ。候補に挙がっているだけで、今すぐ逮捕するというわけではない」


「そうかもしれないけどさ……。まだ証拠もないのに……」


「そういうものですよ」



 納得いっていない飛鷹に時久は言う、無いからこそ疑うのだと。容疑者の周辺を洗って見逃している箇所がないかを探すのも捜査の一つだ。


 証拠を後から探すというのだってある。疑わしい人物は疑ってかからないといけない。容疑者に同情などをかけては捜査にはならないのだ。



「本来の事件というのは、ミステリー小説のように上手くはいきませんし、捜査は人間を簡単に追い詰める行為にもなるんです」



 ミステリー小説のように物事がスムーズに進むことなど早々ない。完璧な犯罪など、誰もが理不尽を強いられない捜査などこの世には存在しないのだ。


 疑われた人間は理不尽さを感じ、怒りを悲しみを抱く。人が死んだという現実は残り、犯人が近くに潜んでいる。それらはフィクションとは違って簡単に人生を終わらせることができてしまう。



「現実というのは残酷なものなのです。ミステリー小説のように綺麗に終わることはないのですから」



 淡々と告げる時久の言葉は冷えていた。それは現実を見続けてきたようで。たったそれだけで彼は残酷な世界というのを見てきたのだと、飛鷹は察することができたようだ。そうかと呟いて納得したように頷いた。



「時久くんはさ。犯人だと思ってる?」



 飛鷹に真っ直ぐな瞳を向けられて、時久は少し考えるように顎に手をやってからゆっくりと目を細めた。



「違うような気はしますけどね」



 確証というのはないけれど、彼女への疑いがあまりにも向きすぎている気がしなくもなかった。


 たったそれだけで犯人は他にいるとは言えないけれど、もう少し慎重に調べていったほうがいいだろうというのが時久の考えだ。それには東郷も「慎重に調べている」と同意する。



「ただ、時久君から話しを聞くに、半沢美波に事情を聞くのは難しそうだね」


「聞くにしても慎重にしないと発作のように泣き叫ぶかと思います」



 美波への事情聴取は気を付けたほうがいいという時久のアドバイスに東郷はそうしようと頷く。



「あぁ、そうだ。犯行で使われた凶器って見つかりましたか?」


「あぁ、ビニール紐が見つかった」



 小道具置き場の倉庫と舞台裏からビニール紐などが見つかっており、これが凶器になっているようだ。


 ただ、ビニール紐は演劇部の小道具の一つなのでその場にあっても珍しいものではないらしく、いつからそこにあって誰が購入したのかは分からないのだという。



「演劇部にあってもおかしくないですし、備品を使ったのならば演劇部員の誰もが使えますね」


「今のところは演劇部の中の誰かでこちらはみているが……」


「他に容疑者がいないかの確認ですか」



 演劇部の事情を知っている何者かがいる可能性を考慮しなくてはならない。東郷は「こちらでも調べている」と話す。時久は事件のことを思い出しながらふと、気になったことを思い出した。



「あえて、他殺だと分からせるために分かりやすい工作をした……」


「それはどういうことだい?」


「いえ、不出来なんですよ。自殺に見せかけるにしても、もっとやりようはあったでしょうし、密室にしなくてもいい」



 ただ、自殺に見せかけるためならば密室にする必要はない。絞殺痕があるというのに自殺に見せかける、これが引っかかっていた。


 工作しているのをあえて気づかせているような気がしなくもないと、そう時久は現場を見て思ったのだ。



「これは他殺だぞと知らせているのか」


「多分、意図は分かりかねますが」


「えーっと、殺したのは私だって気づいてほしいとか?」



 二人の話を聞いて飛鷹が言う、犯人は気づいてほしいのではないかと。ならば、さっさと自首してほしいというのが素直な感想なのだが、殺人を犯す人間の心理というのは時に理解ができないので否定はできなかった。



「まぁ、知らせているかというのはあくまでも私がそう感じただけなので、確証というのはないですけどね」



 あまり参考にはしないでくださいと時久は言って、聞いた話をまとめるように空を見上げる。


 殺人事件が起こっているというのに空は晴れわたっていて日常と何ら変わっていなかった。

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