三.演劇は終わりを告げる

第15話 演劇もこれで終わり


 あぁ、やっと、やっと終わった。これで全て終わったのだ。


 何もかも全て。決して上手くはない演技だったけれど、演じ切った。笑われようとも、怒られようとも、やりきってみせた。


 誓ったあの時、未来が命を絶ってから始まった。誰にも知られずに作られた脚本を手に彼女のために演技をすると決めて。


 上手くいったとは言わない、いろいろと綻びがあったのは認めよう。それだけ下手だったのだ、演技が。


 面白みの欠片もない哀れな演劇だった。客なんて入ることはないだろう、こんなクソみたいな脚本と演技では。でも、それでもいいんだ。


 だって、成し遂げられたから。未来の憎しみを、悲しみを、怒りを代弁できたから。これが自分勝手なことであったとしても、後悔はない。


 誰にも受け入れられることのないことだっていうことは理解している。これが犯罪であることも。それでも、それでもやらずにはいられなかった。


 だって、だって! 未来の泣き声を、怒りを、叫びを、聞いたのだから!


 泣きながら「憎い、憎いよ」と吐き出す彼女を見て――死んでいった姿を見て決意したのだ。


 これは、これは未来へ捧げる演劇だ。復讐を演じきってみせたのだ、自分は。


 褒められることではない、そんなことは分かっている。黙れ、野外になんと言われようともこの復讐だけは譲れないのだ。


 あぁ、未来。貴女の復讐をやり遂げたよ、後悔なんてないんだ。これから先、することだってないはずだ。


 あるとするならば、貴女を救えなかったことだけ。どうか、許してほしい。


 天国があるのならば、未来はどう見てくれているだろうか。そんなことを考えるけれど、きっと喜んではくれないのだろうな。


 あぁ、本当にあいつらが憎い。全てを奪ったあいつらが。


 でも、もうあいつらもこの世にはいない。きっと地獄に落ちているだろう、あんなやつらは。


 無様な人間だ、本当に。



 床に赤い水たまりができる。真っ赤な真っ赤な血がゆっくりと伝う横たわる彼女の目に正気はない。静かに瞳孔が開いていく様はなんと滑稽だろうか。そこにあるというのに現実味の無い様子に笑ってしまう。


 頭や額から垂れる血が頬を彩ってお前にはそれがお似合いだと思わず呟いてしまった。階段下を見下ろすその瞳は冷たく軽蔑するようで。



「よかった、これで楽になれるだろう」



 もう陰口も噂も聞くことはないのだから、救われたのさと囁く。死ねば周囲を気にすることもない、この世にいないのだから。



「でも、未来はもっと苦しんだ。地獄で後悔していればいい」



 未来はもっともっと苦しんだ、お前なんかよりもっと。だから、地獄で苦しめ、後悔しても無駄なほどに。



「これで全て終わり」



 後はそう幕引きだ。静かにそっと幕を下ろそう――そっと瞼を閉じて亡き彼女に愛を囁く。



「愛しているよ、未来」



 だから、どうか見守っていて。


    ***


 旧校舎と本校舎を結ぶ渡り廊下の側の階段は人気が少なく、不良が授業をサボる時によく集まる場所だった。


 一限目が始まっているというのに二人の女子生徒は授業に出すにサボっている。明るく染めている髪を巻きながら、女子生徒はけらけらと笑って渡り廊下を歩いていた。


 いつものように側にある階段で時間を潰そうと考えているようで足取りは軽い。SNSでの話題などをべらべら喋りながら階段のほうをへと向かい、一歩。



「え」



 下を覗き込んだ二人の女子生徒は固まってしまった、目の前の現状を理解できないように。


 階段の下に倒れる人物。一瞬、倒れているのかと思ったけれど、そうではない――頭から額から血を流している。見開かれた瞳は濁っていて精気を感じられない。


 これは何か、それを理解した女子生徒は声を上げた。



「いやーーーー!」



 悲鳴は空しく響く。


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