第6話 放っておけるほど非情ではない


 時久が講堂のロビーで東郷を待っていると「なんであたしを疑うのさ!」と声がした。


 声がしたほうを見遣れば、飛鷹が東郷の部下である岩谷に突っかかっている。ぎっと睨む彼女の表情に何かあったのは見て取れた。



「どうしたのですか、飛鷹」


「時久くん、聞いてよ! この刑事さん、あたしを疑うんだよ!」



 指をさしながら信じられないと怒りを露わにする飛鷹を宥めながら時久は、「どうしてですか?」と岩谷に話を聞く。



「彼女が白鳥葵と口論しているのを演劇部の部員が見かけていたんだよ」



 昼休みが始まってすぐ、食堂前の階段付近で二人が口論しているのを見たという証言がでていた。


 それに時久が「本当ですか?」と飛鷹に問えば、彼女は「それはそうだけど」と口籠る。



「なんで言い争っていたのですか?」


「飲み物買いに食堂行こうとしたら、白鳥先輩に会って……。あの人、あたしに『天上院くんに近寄るのやめたら?』って言ってきたんだもん」



 白鳥と出くわした飛鷹は彼女から「貴女は天上院くんに相応しくないわよ」といきなり言われたのだという。


 さらに、自分のほうが良いに決まっていると挑発してきたらしく、それに飛鷹はつい言い返してしまったのだ。



「幼馴染ってだけで、別にあたしは時久くんと付き合ってるわけでもないのにさ。そんな気もないし、勘違いされただけでもむっとするのにさ。てか、初対面な先輩をそんな口論だけで殺すほど短気じゃないんだけど、あたし!」



 飛鷹の主張に岩谷は「わからないだろ」と返す。今時、何がきっかけで殺人に手を染めるか分からないと。


 会って数分の人と口論して殴り殺した、怪我を負わせたなどよくある話だ。それが学生間で起こらない保証はどこにもない。


 岩谷は「全ての可能性は疑うものだよ」と何処か得意げな様子だ。彼の態度に時久は不快に感じながらも、言い返すことはしなかった。


 彼の言う通り、突発的な殺人がないわけではないのだ。かっとなってやってしまった、酒の勢いでなど理由は様々あって無い話ではない。けれど、飛鷹がそんなことをするとは時久には思えなかった。


 飛鷹を見れば眉を下げて泣きそうに目を潤ませている。



「飛鷹ではないでしょうね」


「何故だい? 友達だから分かるとかは聞き入れられないが?」


「計画的に感じるからですよ」



 白鳥葵の殺人は計画的なものに見えた。首を絞めてからロープが縛られた昇降バトンのワイヤーを巻き上げて吊るす。


 遠隔操作するリモコンを握らせて自殺のように見せる行為はまるで考えられているように感じる。



「白鳥先輩の殺人は元々、計画していたのではないでしょうか」


「それは突発的でもできるだろう。舞台装置なんて生徒でも扱えるんだから……」


「えぇ。でも、〝かもしれない〟というのは同じではないですか?」



 岩谷の考えも、時久の考えもまだ仮説であり、証拠というものはない。確証があるわけではないのは二人の意見に言えることだ。



「岩谷刑事が言うことも、私が言うこともまだ〝そうかもしれない〟というだけです。疑うのは仕事ですから仕方ないですが、証拠もないのに決めつけるのは如何なものかと?」



 決めつけというのは真実を曇らせる。そればかりに気を配ってしまい、答えから遠ざけてしまうものだと、時久に指摘されて岩谷は不服そうにする。



「分かったような口を……」


「君の考えは計画殺人か、時久君」



 会話に入ってきた東郷に時久は目を細めて「えぇ」と頷いた。



「突発的なもので此処まですぐに考えられるでしょうか?」


「確か、死亡推定時刻は十二時から十三時の間だな」


「その間、私と飛鷹は教室で昼食をとっていたんですよ」



 時久と飛鷹は教室で昼食を取っていた。飛鷹が飲み物を買いにいった食堂への往復はかかったとしても十五分足らず。食堂は講堂の正反対の場所にあり、犯行を起こしてから戻ってくることは難しい。



「と、言うわけで時間的にも難しいかと。私と飛鷹のアリバイはクラスメイトが証言してくれると思いますし」



 時久の説明に「そうですか」と返す岩谷に東郷が、「疑うのが悪いとは言わないが」と彼の肩を叩く。



「ちゃんと調べてからでないと疑ってはいけない」


「そ、そうですけど……」


「飛鷹ちゃんすまないね。これも仕事から許してほしい。で、時久君はどう考える?」



 意見を促されて時久は片眉を下げる。またかと言いたげな表情に東郷は「そんな顔しないでくれ」と笑った。



「君は貴重な協力者なんだから意見を聞くのは当然だろう?」


「そうやって協力させるから、高校生探偵なんて噂されるんですよねぇ」


「高校生探偵か。まぁ、確かにその通りかもしれないね」


「恭一郎さん?」



 時久がじとりと見遣れば、東郷は「悪かったよ」と謝る。たまにこうやってからかうのはどうかと思うと時久は思いつつも、彼が自分を信頼してくれている証でもあった。


 信頼してくれているのはいいのだが、一般人なのだけれどと突っ込みたくなる。でも、目の前の事件を無視するなどできなかった。


 自分の力が役に立つかもしれないと分かっていながら。時久は「これで何度目ですかね」と一つ息を吐く。


 それは時久の〝捜査に協力する〟という合図でもあった。だから、東郷は「時久くんはどう考える?」ともう一度、問う。

 


「まず、第一に舞台装置のことを知っている必要があります。性別は分かりませんね。首を絞めて相手が気絶しただけだとしても、ロープを巻き上げてしまえば死にますから。男でも女でも犯行は可能かと」



 昇降バトンは複雑な操作の必要がなく、リモコンで簡単にできるのは斗真が証言していた。ならば、犯行に性別は関係ない。やろうと思えば誰でも行えるはずだ。



「真っ先に疑われるのは演劇部の部員ではないでしょうか。彼らなら舞台装置には慣れているでしょうから」


「そうだな。こっちもまずそこから捜査をしている」


「現状で分かるのはこれぐらいですよ。ただ……」


「ただ?」



 時久はそっと顎に手を当てながら呟く。



「不出来だなと」


 不出来。時久はそう感じた。今時、絞殺痕を見逃すような警察はいない。自殺に見せかけるにしても、もう少しやり方はあっただろうと。


 計画的に見えるけれど、不出来だと感じた時久は「犯人は何を考えているのでしょうかね」と首を傾げた。



「君の考えはわかった。何か他に気になることができたら言ってくれ」


「えぇ、いいですよ。目の前で起こった事件を放っておけるほど私は非情でもないですから」



 時久はそう言ってゆっくりと目を細めた。それは彼が〝探偵〟となる瞬間だ。東郷は「ありがとう」と呟いてから、時久の肩を叩いた。



「一先ず、話は聞いたから今日はもう帰っていい。また話を聞くことになるが、その時はよろしく頼む」


「分かりました」



 東郷は「じゃあ、気を付けて」と声をかけて、岩谷と共に小ホールへと戻っていく。その背を見送って時久は飛鷹に目を向けた。彼女は「あたしを疑ったことをあやまれー!」と、文句を言っている。



「落ち着いてください、飛鷹。あれも刑事として仕方ないことなんですから」


「そうだけどさぁ。一言ぐらい、謝ってくれてもよくない?」



 あたし、傷ついたんだよ。ぷくーっと頬を膨らませながら飛鷹は訴える。確かに無実だというのに疑われたら辛いだろう。その気持ちは分からなくもない、誰だってそんな目には遭いたくもないのだから。


 岩谷という若い男の刑事も自分のプライドというのがあったのは雰囲気で分かることだ。だからといって、謝罪しなくていいというわけではない。


(父が見たら『まだまだ若造だ』なんて言うんでしょうね……)


 警視である父ならば言いそうだなと時久が思っていれば、飛鷹が「また捜査に参加するの?」と聞いてきた。



「参加するでしょうね」


「大丈夫? 危なくない? この前なんて犯人が暴れたって聞いたけど」


「東郷さんが居たので大丈夫でしたよ」


「さっすが、時久くん専属護衛人」



 絶対に時久くんに傷つけないよねと、飛鷹は感心している。その専属護衛人ってなんだと聞けば、「絶対に時久くんに傷つけずに守り通すから」と答えが返ってくる。


 東郷と時久はセットのように扱われているのは確かだ。守られている実感はあるのだが、そう毎回、危害を加えられているわけではない。と、言うのだが飛鷹は聞いていなかった。



「また事件の捜査かー。時久くん、すっかり信頼されちゃってるなぁ」


「仕方ないですね、実績を作ってしまったので」



 とある事件を解決に導いてしまった。それからいくつかの事件にも協力してしまい、警察から協力者として認識される。


 過程はどうあれ、こうなるようになってしまったのは己自身の行動のせいなのだ。時久は「大丈夫ですよ」と、安心させるように微笑む。



「一つ解決すれば、二つ三つと引き寄せてしまうものなんですよ」


「で、それを全部、解決してしまった結果がこれと」


「そういうことです」



 第一発見者になっていなくとも、通っている高校なのだからお呼びがかかるのは言われなくとも分かっていることだ。時久は「放っておけるほど非情でもないので」と、言えば飛鷹はそうなんだと頷いた。



「時久くんなりの正義感ってやつ?」


「それほどのものでもないかと」


「えー、そうかなぁ」


「そうですよ。さぁ、帰りましょう。飛鷹も疲れたでしょうから家でゆっくり休んでください」


「確かに」


 疲れていたのは本当のようで、飛鷹は早く帰って休みたいと愚痴る。「あの刑事さんめー!」と、怒りを思い出したように吐く。そんな彼女を宥めながら、時久は講堂を出た。


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