第5話 死因と密室



 ざわざわと講堂の周囲に人が集まる中、警察官が野次馬たちを追い払っていた。


 講堂の小ホールでは警察の捜査が始まっている。葵の遺体は降ろされて舞台上に寝かされ、第一発見者の時久たちは警察官から事情を聞かれていた。



「では、発見した時は講堂の鍵は開いていて、小ホールの鍵は閉まっていたと」


「はい、そうです」



 若い男の刑事の質問に美波は頷き、隣に立っていた裕二に「あんたも確認したやんな」と同意を求めた。それに彼も頷いて、「間違いないです」と答える。


 刑事はなるほどと相槌を打つと「これは自殺かなぁ」と呟く。



「あの仕掛けは演劇部の部員は知っていたんだろう?」


「はい、知ってます……」


「なら、それを使って自殺を……」


「自殺ではないのでは?」



 言葉を遮るように時久が指摘すれば、眉を寄せなら若い男の刑事は「なんだい、君は」と突っかかった。



「何処が自殺じゃないと? だいだい君は素人だろう」


「遠目ではありましたが、首を絞められたような痕が見えました。吊った時にできたものには見えませんでしたよ?」


「は?」



 時久が問いに返せば、若い男の刑事が呆けた声を出す。それと同じく、他の刑事がやってきて「あの」と耳打ちした。


 途端に若い男の刑事は表情が渋くなって、じろりと時久を見遣る瞳は疑いの色を見せる。



「素人がどうしてそれを?」


「医者ではないので、確証を持って言えないですが。見たことがあったので、それに似ているなと思っただけです」


「見たことがあった? 首を絞められた遺体を? 高校生だろ、何故……」


「あーっ、時久君!」



 響く爽やかな声に呼ばれた時久が振り返れば、そこにはまだ若い端整な顔立ちの刑事だろう男が立っていた。きちんとセットしているつもりなのだろうが、少し茶毛が跳ねている。


 気さくに「久しぶりだね」と話しかける刑事に、時久に突っかかっていた若い男の刑事が「東郷警部、彼は」と指をさす。



「あー、君はまだこっちに来たばかりで知らないか。天上院時久君だよ」


「天上院……って、まさか」


「天上院幸成警視の息子さんさ」


「あ、あの、連続通り魔殺人事件を解決したていう高校生って」


「彼だよ」



 東郷の言葉に男性刑事が驚いたように顔を向けてきて、時久はにこっと笑みを返した。こういった反応にはもう慣れているといったふうに。



「すまないね、時久君。岩谷……こいつはまだこっちに来たばかりなんだ。君のことを知らないのは許してくれ」


「別に気にしてませんよ」


「それで、何していたんだい」


「白鳥先輩は他殺だという話です」



 時久の言葉に東郷の顔が険しくなる。どういうことだと岩谷に問うと、彼は実はと検視結果を伝えた。


 それは時久の言う通り、絞殺されていた。首を絞められた後に舞台装置を利用して吊るし上げられたのだと。話を聞いて東郷はふむっと顎に手をやって周囲を見渡す。



「他の第一発見者は?」


「こっちに」



 岩谷は集められていた生徒たちを呼んだ。皆、暗い顔をしており、現状を受け入れられていないようだった。


 涙を拭う陽菜乃を支える由香奈に、不安げにする美波と裕二は黙っている。前島は汗を拭き、斗真は周囲を見渡しながら腕を組んで足を揺すっていた。



「突然のことで現状を理解できないかもしれないですが、捜査に協力してください」


「協力って……。うちらはもう話したけど」



 美波は眉を寄せながら「うちらが来たときには先輩は吊るされていたんよ」と答える。裕二も「鍵閉まってたし」と付け足した。



「鍵というのは舞台上に落ちていたこれで間違いないだろうか?」



 岩谷という刑事が鍵を見せると、陽菜乃が「それで間違いありません」と答えた。



「間違いないと?」


「はい」


「陽菜乃は鍵閉め担当だから間違えるはずないですよ、刑事さん」



 再度、確認する東郷に美波が答えて、教師である前島も頷いている。ではと、東郷が「最初に来ていたのは君たちで間違いないかい?」と問うた。



「君たちが先に来ていて、遺体を発見したということで間違いはないね?」


「そうです。でも、わたしと飛鷹、天上院くんが来たときには裕二くんたちが先に……」



 由香奈がそう言って三人を見ると、裕二は「俺は半沢と一緒に来た!」と声を上げる。



「俺と半沢は一緒に此処に来たんだよ!」


「そうよ、同じクラスだから一緒に来たわ」


「僕は平原先輩たちの後に来ました」


「そうか。じゃあ、君ら以外に誰かいた形跡は?」



 東郷の問いに三人は首を左右に振る。誰も怪しい人物を見てはいなかった。それではと東郷が鍵について質問をする、これはひとつだけかと。



「遺体の傍に落ちていた鍵以外の鍵は?」


「顧問のわたしが一つ。ただ、借りてきたのは中部さん以外にはいませんでしたが……」


「先生。他に誰か借りた形跡は?」


「ありませんよ。そもそも、部室の鍵は一度紛失してから顧問と部長、鍵閉め担当生徒以外の貸し出しは禁止してますから」



 前島は「この合鍵はずっとわたしが管理していました」と証言する。葵が持っていた鍵は彼女が校舎内にいる時は常に持ち歩いているのだとも話した。



「白鳥さんは演劇部の部活動に熱心だったので朝練の他に昼休みなんかは一人で練習もしていて……。部活動終了後に返す約束で朝に鍵を貸し出しているんです」


「なるほど。朝練の時はちゃんと鍵は?」


「白鳥先輩がしっかりと閉めてました」



 陽菜乃は涙を拭いながら答える。さらにこの小ホールに誰か潜んでいた形跡がないかと問えば、「皆さんずっとここにいたので逃げることは難しいかと」と時久が返す。



「なら、殺害後に窓から逃げたのか?」


「この講堂は格子窓になってるんですよ」



 岩谷の考えに斗真が指摘する。全ての窓に格子が設置さているので誰かが侵入するのは難しいと。


 では、犯人は小ホールの扉から入って出ていったことになる。東郷は「鍵が紛失したと言ってましたが」と、前島へと目を向ける。



「紛失したのはいつ頃で?」


「もう随分と前ですよ。赴任前のことなので聞いた話ですが三年、いや四年前だったかな……数年前かと。流石に昔のことですから今回の事件には関係ないのでは……」


「そうですか……。小ホールだけ鍵が閉まっていた……密室か」



 ぽつりと東郷は呟く。現状を踏まえれば密室で行われたように思えた。時久は話を聞きながら周囲を見渡す。


 客席に隠れていたとしても、小ホールの扉の前には美波たちがいたので、通り抜けることはできない。窓は格子が設置されており、人が通り抜けることは不可能。


 現場を調べていた刑事から格子窓が外された形跡はないと報告を受けた東郷は考えるように腕を組む。



「亡くなった白鳥葵さんは誰かに恨まれるような生徒でしたか?」


「彼女は部活動に熱心な生徒でしたから、その……」



 前島は思い当たらないと話す。東郷は由香奈たちにも問うと、彼女たちは顔を見合わせる仕草をしながら、「分からないです」と答えた。


 その違和感に時久だけでなく東郷も気づいたらしく、「では、詳しく話を聞きたいので一人ずつ別に」と由香奈の肩を叩く。



「女性には女性警官を」


「了解しました」



 岩谷は少し離れた場所にいた女性警察官を呼び、由香奈たちから個別に話しを聞くように指示を出す。


 由香奈や飛鷹たちは女性警察官に連れられて小ホールを出ていき、斗真と裕二も岩谷に連れて行かれた。



「一応、聞くが時久君は彼女と面識が?」


「今日、二十分ほど話しただけの初対面同然ですが?」



 さらりと返事を返す時久に東郷は小さく笑う。



「君は相変わらずだね」


「恭一郎さんも変わらないようで」


「君が元気そうでよかったよ」



 東郷は「君はそう簡単には変わらないだろうけど」と笑う。彼はこういって気さくに話し来る人なのを時久は知っているので、「何が変わらないですか」と返す。



「久しぶりといっても二ヶ月も経っていないじゃないですか。それぐらいで変わったりしませんよ」


「そうかな? 人というのは急に変わったりするものだよ」


「また、そう言う」


「ふふ。まぁ、世間話はこれぐらいにして。後で話を聞くから、考えが纏まっていたらその時に」



 そう言って東郷は舞台のほうへと歩いてしまい、残された時久は溜息を吐いて小ホールから出た。



「考えが纏まったらって私に何を期待しているのですかね」



 誰に言うでもない文句は外の野次馬たちの声に紛れた。


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