第7話 状況の整理/届かぬ想い
すっかりと日が落ちて窓からは街灯の明かりがぼんやりと映る。車通りが多いのか、外は走行音が響いていた。
アンティーク調の家具が置かれたリビングルームで時久はソファの背もたれに寄り掛かっていた。天井を眺めながら考えを巡らせている彼に、「また協力させられているな」と声がかけられる。
ゆっくりと顔を向けるとダイニングテーブルで一人、遅い夕食をとっている父の姿があった。
父、天上院幸成が家に帰ってくるのは四日ぶりとなる。警視である彼が抱えている事件というのは多い。こうして遅くに一度、帰宅して早朝には出ていくなどといったことはよくあることだ。
時久は身体を起こしながら「誰のせいでしょうかね」と嫌味のように返せば、幸成が「私のせいだな」と笑った。
「だが、最初に言い出したのはお前だ」
「あれは気づいたからですよ」
「通り魔が事件を起こす行動を読み、お前の言う通りに犯人はその場所に現れて逮捕。次に婦女暴行事件は犯人の残した証拠を鍵に事件を解決した」
それ以外にもまだあるぞと、幸成は時久が解決した事件を上げていく。もう勘弁してくれと時久が顔を顰めれば、幸成は「それだけ功績があれば協力者として頼られるさ」と、止めとばかりに言った。
「父さんのせいなんですけどね」
「確かに私のせいかもしれないが、協力したのはお前だろう」
捜査に協力するかを決めるのは時久自身なのだ。その結果、噂が広まってしまうのは必然である。
幸成の冷静な言葉に時久は言い返せない。目の前で事件が解決するかもしれない事実を分かっていて、黙っていられるような人間ではないからだ。
「私は確かに父さんに分かったことを伝えましたが、自分の手柄にすればよかったんですよ。息子の名前なんて出さなくてよかったんだ」
「私に協力者がいたことを隠すことはできないよ。ましてや手柄を取るなんてことはもっと無理なことだ。それで、お前の学校で殺人事件があったな」
幸成は事件の概要を知っているようで、「何か気づいたことは?」と聞かれて、時久は「恭一郎さんに言ったことしかまだ」と返した。
「何か気づいたことがあれば彼か私に伝えなさい」
「分かっていますよ。ほんと、人使いが荒いですね」
「東郷くんはそうでもないだろう」
「そうですね。父さんに比べれば」
時久は口を尖らせてじろりと見遣れば、幸成はにこりと笑みを見せるだけだ。否定しないということは自覚があるということである。
父のことは息子なのでよく理解しているから、何を言っても無駄だと判断できた。今度、母に愚痴ってやろうと決めつつ、時久はソファから腰を上げてリビングルームを出ようとすると、幸成に呼び止められた。
「お前のことだから心配はいらないだろうが、危険な事はしないように」
「しませんよ。変な正義感を持っているわけではないので」
安心してくださいと笑ってみせてから時久はリビングルーム出た。廊下を歩きながら今日の出来事を振り返る。
「鍵の一つは白鳥先輩の傍に落ちており、もう一つは前島先生が持っていた。それを中部さんが借りてきて、小ホールの扉を開けている……」
現状を整理するように時久は呟く。階段を上りながら自室へと向かうと学習机の椅子に腰を下ろした。適当にメモ帳を取り出して、時系列に並べて書いていく。
「先に来ていたのは平原裕二と半沢美波。それから少しして沢渡斗真が来た。次に私と飛鷹、皇由香奈が到着。最後にやってきたのは中部陽菜乃……」
時久のクラスは少しだけHRの時間が伸びてしまったが誤差の範囲内だ、それほど時間は経っていない。
犯行は死亡推定時刻からして昼休み。葵が一人で食事をとるというのは由香奈から聞いているので、それを知っていての犯行であるのは推察できた。
犯人は葵の首を絞め殺害あるいは気絶後、昇降バトンにロープを結び、ワイヤーを巻き上げて吊るした。
リモコンはワイヤーを巻き上げる前に手に握らせておく。それから鍵を落とし、小ホールの扉を閉めて立ち去る。現状で考える犯行方法はこうだ。
自殺に見せかけるためだったとは思うが、絞殺痕を誤魔化すことまではできなかったのか、狙いがあったのか。いくつか考えてみるがこれといってしっくりくる仮説はない。
「白鳥先輩を殺害したいと思うほどの動機を持っていそうな人間ですか……」
時久は葵と会った時のことを思い出す。彼女と別れた際に由香奈は「白鳥先輩、愛想はいいんだけどね」と言っていた。
愛想はいいということは裏では何かあったのではないか、そう捉えることもできる。
「演劇部の部員たちは何かしら知ってそうですね」
葵と同じ部活動生ならば彼女の裏の一面を見かけていても不思議ではない。由香奈の様子を見るに彼女も何かしら知っていそうだ。
「皇さんにも話を聞いてみないとですね。あとアリバイですか……」
容疑者として浮かんでいる人間のアリバイは確認しなければならない。そこまで考えを纏めて時久は痛む眉間を撫でる。
「恭一郎さんに聞くしかないでしょうかね」
関係者のアリバイは推理に必要不可欠である。犯人を絞り込むだけでなく、トリックの鍵を握っていることだってあるからだ。密室殺人となっているこの事件には何かしらの仕掛けがあるかもしれない。
「トリックなどという大それたものでないにしろ、何かしらの仕掛けを使ったのは間違いないんですよね……」
自殺に見せかけるために密室にしたのか、それとも犯人を特定されないためにそうしたのか。それにしてもなんて不出来なのだろうかと時久は天井を仰ぐ。
もっと他に考えられるトリックはいくつでもある。自殺に見せかけるなら尚更、もっと。 密室にしたってそうだ。穴が見つかればぼろが出やすい方法をあえて選んだのも気にならなくはない。
「……犯人の考えなど私は興味が無いのですが」
犯罪に手を染めた人間の思考など興味はない。どんな考えをもっていたとしても、罪を犯しているのだから。興味など持ってはいけない、彼らの考えを理解してはいけないのだ。
「興味はない、興味はないですが……。逃がしてはいけない」
罪を償わずに逃げることは許されない。時久はメモ帳へと視線を戻す。
「必ず、糸口はあるのですから」
***
誰に何を言われようとも、理解されなくともいいんだ。
これはキミに捧げる演技。キミの想いを代弁するためのもの。
非難されようとも、恨まれようとも、どんなことがあってもやめることはない。
必ず、そう必ず成し遂げてみせる。
「
今は亡き彼女に誓うように囁く。
月夜に照らされる薄雲を眺めながら、手を伸ばす。届かない彼女を掴むように。
あぁ、どうして傍にいないのだろうか。顔が見たい、手を取って抱きしめたい。
キミが死ぬことはなかったのに。全てそう全てあいつが悪い。
大丈夫、もう大丈夫だよ。全部、そう全部消してみせるさ。 キミの悲しみを、怒りを、憎しみを。全部全部、代弁してみせる。だから、見ていて。
「必ず、演じ切ってみせるから」
空を掴む手を胸に役者は祈る。
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